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箱庭物語  作者: 彩都 らく
第三章、レイ
31/39

3-4、踊れ、おどれ②


 ◯×


 みずみずしい春キャベツに、ほんのり甘みのあるアスパラガスに、大葉の効いた鶏のつみれ。

 鍋に入った食材の全てを腹に収めた尚也は、残り少なくなった鍋の前から逃げ出して、台所に付属した換気扇の下を陣取っていた。

 

 鍋パーティーが始まってから、凡そ一時間。

 

 酒の入った場で、幾分か盛り上がった大学生が集って交わす会話は、どんどんと移り変わっていく。最初こそ三年生に関わる真面目な話をしていたものの、途中で各々の人生観を語り合い始めたあたりから、どうにも様子がおかしくなっていた。

 

 結局のところ今は何を話しているかと思えば、昨今の恋愛模様について、……らしい。

 

「……それで? 君たち男性陣は良い人いないわけ? いい感じな人とかさ〜」

 

 陽気な声色で場を回しているのはみどりだった。対する俊介は返答に困ったように笑うのみで、隣で静かに鍋を食すあおいに助けを求めている。

 

 尚也はそんな賑やかな光景を眺めながら、ズボンのポケットへ手を突っ込んだ。

 

 ――俊介宅は、換気扇の下に限り喫煙可能である。

 

 換気扇のスイッチを入れながら、取り出した一本の煙草を咥えて小さく息を吸う。そして流れるように常備されているライターを拝借して、火をつけた。瞬間に鼻腔へ届く焦げた匂いは、いつまで経っても慣れないものである。

 

「――……あぁもう、分かったって。話すからさ。話すよ? 話すから、みどりとあおいも言うこと、それでいいね?」

「え」

「いいよ!」

 

 リビングへ視線を向けると、どうやら俊介が根負けしたらしい。巻き込まれたあおいが、みどりに対して抗議の視線を向けている。折角だ、聞いてやろう。持ち込んでいたビールをひとくち含んで、尚也は耳を傾けた。

 

「……まぁ、僕、好きな人なんて居ないけどね」

「そうなの?」

「うん。この人気が合うなあ、とか、あの人可愛いなあ、とか思ったりはするけど、だからといって付き合いたいかと言われるとねぇ」

「……ふぅん」

「なんというか、ひとりの時間を謳歌したいというかさ。いや、アレだよ? こういう時間は大好きだし、ずっと続けばいいと思うよ。

 でもさ、なんだろう。うぅん、難しいな。愛だ恋だすったもんだのアレソレ全てが、何となく面倒だなと思っちゃう、っていうかさあ」

 

 少し静かになった空間に、俊介が淡々と話す声と、鍋が煮える音がひとつずつ。ベッドサイドに置いてあった模型を手に取りながら話す様子を見ていると、きっと俊介は言葉の意味通り、こういう何気ない時間が好きなのだろう。

 

 模型を元の場所に戻した俊介は、みどりとあおいを見やる。それから口の端をあげて、楽しそうに笑った。

 

「……それで、君たち双子こそ、良い人とか居ないわけ?」

「いないよ」

「いない、いない」

 

 即答。二人して、コンマ一秒の差もなかった。

 残念という風に項垂れるみどりと、両手を振って否定するあおいを見ていると、同じ顔が全然違う反応を見せるのだから面白い。

 

 それに対して、俊介は目を細めた。こういう意地の悪そうな顔をやらせたら、俊介の右に出るものは居ないだろう。

 

「へぇ……?  つい先日噂になってたけどねぇ。演劇サークルの双子の姉貴の方が、それはもう盛大に軽音部の男を振った、って」

 

 ――そんなことがあったのか。 

 尚也が心の中で驚いていれば、みどりは更に否定する。そして、

 

「そりゃ、顔も性格もタイプじゃなかったし。……わたしはまだ、恋とか愛とかはよく分かんないし、それに、……あおいが居れば何でもいいかな!」

 

 そう捲し立てると、急に席を立っては、あおいに飛びついた。

 

「うわ」

「……うわ」

「何その反応酷い、……え待ってよあおい」

 

 飛びつかれたあおいはというと、俊介と共に冷たい反応を見せ、みどりの攻撃を華麗に避けていた。床に膝をついたみどりは少々可哀想だが、傍には俊介が居るから大丈夫だろう。

 酒を含み酔いのまわったみどりは皆に絡む癖があるのだ。もう少しすると大人しくなって、ついには寝始めるのだから、放っておいて問題ない。

 

 尚也は、まだ残っていた煙草の火を消すと、換気扇の強さを一段階上げた。

 


「……良かったの? こっち来ちゃって」

「うん。ちょうどお水飲みたかったし、ああなったみどりってかなり面倒だし」

「……そう?」

 

 みどりから逃げてきたあおいは、静かに台所へやってきていた。慣れた手つきでコップを取り出して、買っておいた天然水を注いで口を付ける。

 

 捲られたパーカーの裾から見える肌が、僅かに赤くなっているところを見るとあおいも少しは酔いが回っているらしい。 

 と、葵色の瞳が此方を覗いて、細められた。

 

「煙草吸ってもいいよ、別に」

「……じゃ、ありがたく」

 

 ――そんなに、顔に出ていただろうか。

 

 別段、人と話すことは苦手ではない。

 別段、人と時間を共有することも苦手ではない。相手の性別関係なく、むしろ誰とでも平穏に関わることができる自負があった。しかし、ここ最近はどうにも考え事が多いせいか、上手く気が回らない時が多いのだ。

 

 尚也は小さく会釈をすると、再び息を吸いながら火をつけて、薄い白煙を吐き出した。それから二口、三口吸った頃か。

 

「……尚也は、そういう人居ないの?」

 

 しばらくコップに入った氷を鳴らしていたあおいが、長い髪を揺らして静かに問うた。突然のことに、 

「げ。俺にも聞くの、それ」 

 そう尚也が驚けば、

「折角なら聞いておきたいじゃん?」

 と、あおいは当然のことかのように首を傾げた。

 

 ――……恋愛、ねぇ。

 

 正直に言えば、これまでの人生で恋愛について深く考えたことなど一度も無かった。

 

 誰かを愛し、誰かに愛されること、それ即ち、責任が付きまとうものである。いつかの未来といった言葉とは無縁の世界にいる尚也にとっては、考える時間すらもなかったのだ。

 

「……さあな。いつか、どこかで出会えたらいいな」

 

 ぽろりとひとつ零した言葉は、本心だった。

 まだ半分も吸っていない煙草を灰皿に押し付けて、缶の底に残った苦味を一気に喉の奥へ放り込んだ。

  

 からん、からん、と。

 あおいの手の熱で溶けた氷が涼し気に鳴る。

 ちりん、ちりん、と。

 俊介の部屋のベランダにつけられた風鈴が風に揺らされ音を奏でる。


「わたしも、そう思うよ」

 

 あおいから発せられた言葉が小さく耳に届いたが、聞こえないふりをした。横目で見やれば、あおいの視線はただ一点に向いている。

 ――……見なかったことにしよう。


「そろそろ戻ろうか。俊が限界だ」

「うん、そうだね」

 

 絡みの境地に達したみどりと、それを只管躱し(かわし)続ける俊介に思わず笑えば、隣からもくすくすと笑い声が上がった。

 まだまだ、今宵の鍋パーティーは終わらない。

 

 


次回更新▷▶▷2/13 19:00 『EP.3-5、壁上の約束』

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