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箱庭物語  作者: 彩都 らく
第三章、レイ
30/37

3-4、踊れ、おどれ①

※20歳未満の方の飲酒・喫煙は、法律にて禁止されております。あくまで創作としてお楽しみくださいませ。


 鍋パーティーの準備が始まってから、おおよそ一時間が経とうとしている頃。

 

 会場となった氷沼俊介(こおりぬましゅんすけ)の家には、芳醇な匂いが充満していた。現に、古川尚也(ふるかわなおや)の目の前にある大きな鍋の中では、程よく煮立てられた食材たちが踊っている。

 

 ――……腹減った。

 

 尚也は今すぐにでも食べたい気持ちに蓋をして、飛び出したため息を飲み込んだ。まだ、小松みどりが追加の食材を準備してくれている最中である。そんな身勝手なことは出来ない。

 

 ぐぅぐぅと鳴る腹の怪獣を宥めるように目を閉じると、尚也は部屋に響く音の数々に意識を集中させる。台所の方面からは、みどりが包丁を扱う音が。鍋を挟んだ向こう側からは、紙皿などを準備する音に加えて、あおいと俊介の会話が聞こえてくる。

 

「釘、刺されちゃったね」

「……うん、そうだね。あんな顔した先輩、初めて見たかもしれないよ」

 

 大方、つい先の公園での話のことだろう。

 

 鋭く、ぴしゃりと。一瞬にして壁を作った黒澤陽光(くろさわようこう)の顔が浮かぶ。普段は常に柔らかい笑顔を見せているからこそ、突然と剥き出しになる敵意に近いものは、恐怖すらも感じるものである。

 

「……でもさぁ、僕は思うんだよねぇ」

「何を?」

 

 勿体ぶったように言葉を紡ぐ俊介に、思わず目を開く。沸き立つ湯気の向こう側で、俊介は少しだけ悩んだように瞳を揺らしてから続けた。

 

「良く考えたら分かった事でもあったな、って。確かに陽光先輩の言う通り、ここ最近の僕はどうにも短絡的で突発的で軽率だったみたいだ」

 

 ――これは相当根に持ってるな。

 

 陽光の言葉を一言一句違わず引用した俊介に、尚也は思わず口角を上げる。俊介の隣で机上の準備をしていたあおいもくすりと笑ったが、俊介は気にしていないようだ。シングルベッドの淵に背中を預けながら、更に言葉を続けていく。

 

「先輩たちはさ、それはもう驚くほど仲が良いじゃん。いつ会っても、いつ見ても、どんな時だって一緒に居るし。そんな先輩たちが、誰か一人の様子が変わったことに気が付かない訳ないよなあ……って。

 少し、失礼なこと、しちゃったかなって……」

 

 途切れ途切れに話す俊介の声は、沸騰する鍋の音にかき消されていく。あおいがフォローしているようだが、その声が届いているかは怪しいところである。尚也は、そんな様子を眺めながら再び目を閉じた。

 

 ――確かに。三年生は仲が良い。

 

 三人とも学部や学科が同じであるからこそ、サークル外の時間も共に過ごすことが多いようで、如何なる時も一緒にいる印象があった。大学生活の半分以上はまともに通えていない尚也ですらその印象を持っているのだから、毎日欠かさず通う彼らには、余計思うところがあるのだろう。 

 それに。

 

「まあ、そもそもさ。今更だけど、兼吾さんが伶さんの変化に気が付かないわけないよね」

 

 ――白石伶と赤塚兼吾は恋仲である。

 

 追加の野菜を鍋に投入しながら、みどりが言う。どうやらついに鍋の準備が終わったらしい。菜箸を持ちながらではあるが、みどりは尚也の隣へ流れるように腰掛けて一息ついていた。

 

「まあ、確かに。恋人云々は関係なしにしたって、あの人たちはいつも一緒にいるよね」

 

 そんなみどりから菜箸を受け取ったあおいは、ガスコンロの火加減を調整しながら口を開いた。それに対して、みどりが続く。

 

「大っぴらに、俺たち仲良し! なんてしてる訳じゃ無いのにさ。滲み出る仲の良さというか……」

「うーん、なんだか憧れるやつだよねぇ、アレは。落ち着いていて、とにかく互いのこと分かってる、って感じ?」

「分かる。あの三人の間に入る隙が無いというか、……わっとと、ありがとう尚也。そもそもで、入らせてくれたりなんかしない、というか」

 

 俊介も同じく自然と会話に混じり、三人が交互に言の葉を交わしていく。途中で鍋が吹きこぼれようが、その会話が止まることはなかった。念の為近くに置いておいた布巾を手渡せば、合間に御礼が飛んでくる。

 

 ――……俺も、さすがに何か手伝うか。

 

 ここまで、ほとんどの準備を双子がやってくれていた。飲み物のひとつやふたつ、取りに行くくらいしないと後が怖い。

 

 尚也は重たい腰を上げると、未だ三年生の話題で盛り上がる彼らの声に耳を傾けながら、台所へ向かった。


  

「わたしは、ちょっと危うい所もあるのかな、なんて勝手に思ってるよ」

 

 冷蔵庫を開けて、皆が飲みそうなものを準備すること少し。一瞬静かになった部屋に、あおいの声が響く。

 

「というと?」

「その心は?」

 

 余韻に、俊介とみどりの声が重なった。

 

「……えっと、うぅん、……あの三人ってさ、誰かがダメになったら、そのまま全員ダメになっちゃいそうな雰囲気がある、というか、そのまま共倒れしちゃうんじゃないかな、みたいな……?」

 

 ぐつぐつと煮立つ鍋の傍で、考え込むような声が、ひとつ、ふたつ、みっつ、重なって溶けていく。眉を寄せたまま話していたあおいは口を噤むと、わずかの間の(のち)に続けた。

 

「ちょっとイヤな言い方をすれば、共依存、みたいなさ」

「あぁ……、共依存か……。共依存って?」

 

 俊介は首を傾げる。何度か言葉の意味を理解しようとする素振りをみせるが、どうやら彼の辞書にその言葉は無いようだった。

 

「すごく簡単に言えば、お互いがお互いに、“アナタじゃないと駄目”、“アナタが居ないと、わたしはどうしようにもない”、みたいな依存状態になっていること、かな。

 それが三人の内で発生しているような、……全くもっての見当違いのような……」

 

 あおいは、まだピンと来ない様子の俊介に向けて丁寧に説明をする。一方、あおいはあおいで自身の発言に自信がないようで、首を捻りながら言葉を紡いでいた。

 

 ――……俺はノンアルコールビールで、……あいつらは何でも飲むか。

 

 尚也はリビングの中心で繰り広げられる会話に耳を傾けながら、冷蔵庫の中を漁る。

 

「……うぅん。先輩たちは、もっと大人ではある気がするんだけどね。一人でも自立して真っ直ぐ生きていけるけど、互いがいたら、互いがいるから、もっと素晴らしい人生を歩むことができる。だから、一緒にいる、みたいなさ?」

「「あー」」

 

 しばらく黙り込んでいた俊介の言葉に、妙に納得したような双子の声が綺麗に重なった。

 

 ――共依存、ね。

 

 尚也は三人の様子を一瞥してから、小さなため息を吐き出した。

 

 ――そう称せるくらい生温い世界だったら、どれだけ良いものか。

 

 肘で冷蔵庫の扉を強く閉めて、四つの缶を両腕に抱えながら鍋の前に戻る。皆の前にそれぞれ好きそうなものを置いてやれば、彼らは会話をやめて「ありがとう」と口々に述べた。そして、一言余計に続ける。

 

「あ、尚也またノンアルだ」

「あ! 本当だ。そろそろ潰れてるところが見たいんだけどなぁ」

「うるせーうるせー、車運転するかもしれないからな」

 

 なんでなんで、と、知りたがりの子どもの様に口を開く双子を適当にあしらって、尚也は冷たいプルタブに指をかけると力一杯に開けた。ぷしゅりと聞き心地の良い音が鳴って、独特な麦芽の匂いが鼻腔を擽った。

 

 もう、正直なところ、腹が空いて仕方がない。

 

 追加で投入された食材にも良い具合に火が通り、実に食欲を唆る香りが部屋中を漂っているのだ。昼過ぎからろくに食事も取れてない今、限界は近い。

 

「……ま。小難しい話をする前に、飯を食わないか? とにかく腹減った」

 

 尚也がそう言えば、彼らもどうやら相当に腹が減っているらしい。

 

 三つの同意が重なって、それから。

 皐月の鍋パーティーが、幕を開いた。

 

 

 

次回更新▷▶▷2/11 19:00 『EP.3-4、踊れ、おどれ②』

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