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箱庭物語  作者: 彩都 らく
第三章、レイ
29/39

3-幕間、健康診断


 ――例の写真が撮られる、二週間前

 ――怪異対策本部 川崎支部 支部長室


 

「支部長、健康診断の結果が届きました」

「わざわざ届けてくださってありがとうございます。今年は早かったですね」

「まあ、急がせましたからね」


 ――仕事の出来る部下だ。

 

 古川尚也は、足早に部屋を去っていった部下の後ろ姿を見ながら、小さく息を吐き出した。


 齢十七にして、怪異対策本部 川崎支部 支部長の座に就任して早三年。当時の史上最年少記録だったこともあり、捏ねだの親の七光りだの、散々な噂を流されてから、もう三年だ。


 生憎、尚也に両親はいない。随分と前に他界済みだ。唯一の肉親である兄とは、年に一度顔を見せ合うことが出来たら良い方で、基本はお互い会える環境に居なかった。


 まあ、つまるところ、実力でここまで登り詰めたのだ。恩師や幾多の大人の手助けはあったのは勿論のことだが、それでも、その殆どが自身の実力のお陰であると、尚也は思っている。


 ――それで、……健康診断の結果、かぁ。

 

 いくつか年上の部下が持ってきてくれた書類に視線を落とすと、そこには、大きな文字で【極秘】と書かれていた。

 

「健康診断の結果、……ですか? 尚也先輩の?」

 

 指先で封筒の表面をなぞっていれば、支部長室の隅で息を潜めていた嶋山凌雅が声をあげた。如何にも興味津々という顔付きである。

 

「なんで俺の健康診断の結果が極秘案件なんだ?」

「……まあ、先輩って不健康そうだし……ってぇな!  殴らなくていいだろ」

「余計なお世話だ」

 

 いつの間にかすぐ隣に移動してきていた失礼な後輩の頭を封筒で強めに叩く。どうにも無礼だが、凌雅はこのくらいがちょうどいい。

 尚也は、頭を抑えて大袈裟に痛がる凌雅を無視して、封筒を開いていく。

 

「これは暁メンバーの。各機関にお願いして、毎年手配してるんだ」

「……なぜ?」

 

 六枚の厚紙をゆっくりと取り出し、机の上に広げながら説明するものの、どうやら凌雅にはしっくりこないらしい。今や彼にとっても見慣れた人物達の顔写真が貼られたそれらを、じっくりと観察している。

 

「何故ってお前なあ、……学び舎で習っただろ?」

「学び舎……、ああ! 皆のDNA検査の結果が見たい、って事ですね」

「はい、せいかーい」

 

 ――つい数ヶ月まで通っていた学び舎――怪異対策本部に附属する学習機関――での学びを忘れるかね。

 尚也は健康診断の結果を一枚ずつなぞっていく凌雅を横目で見ながら、密かにため息を吐き出した。


 健康診断。

 それは、最も重要で、最も簡単に身の潔白を証明できる催し物だ。


 時は二◯一◯年。現在から九年前。

 その日まで人類は、『怪異』と人間を何かしらで見分けることなど、不可能だと思い込み疑わなかった。

 しかし、その日。

 生け捕りにし、人間が説得を続けた『怪異』の協力により、見分け方が発覚した。


 ――――――――――――――

 

 怪異のDNAは、ヒトが保有するDNAと比較すると、不完全である。


 ――――――――――――――


 DNA。 

 全ての生物が、細胞内に内包する物質にして、生命のすべての設計図。その一部が、人間ではあり得ない配列を見せているという。


 この研究結果はすぐさま全国の機関に共有され、様々な協議の結果として、全国民のDNA検査が、健康診断での必須項目となったのである。

 

 その検査結果によって、無事人間であることを証明できた際には、『人間証明書』という小さなカードを受け取ることが出来た。効力は約一年。身分証として使用することは勿論、就職活動や受験でも必須の証明書となっている。


「これ、兼吾さんは……」

 

 一枚の紙を手に取った凌雅は、診断結果の欄を指差しながら、尚也の様子を伺っていた。

 

 赤塚兼吾。演劇サークル【暁】の三年生。

 寡黙な彼の診断結果、そこには【判定不能】の文字が書かれている。真紅の印鑑で刻まれたそれは、今後一生消すことの出来ないものであると、尚也は理解していた。

 

「兼吾さんは一年生の時から【判定不能】だよ」

「え?」

「さらに昔の結果も拝見させてもらったけど、……聞きたい?」

 

 尚也は話すか迷うように首を振るが、凌雅は続きを待つ姿勢らしい。紙を机の上に置き直して、真面目な表情で此方を見ていた。

 

 ――……勉強にはなるか。

 

「……兼吾さんは、怪異人間(ハーフ)だよ」

「まあ……、それしかないですもんね……」

 

 尚也が事実を口にすれば、凌雅は固まった。


 怪異人間(ハーフ)

 

 それは、怪異と人間の間に生まれた不完全な人間の事を指す言葉だ。虚無()になることは出来ない。誰かに変幻することは出来ない。身体能力が異様に高い訳でもない。

 

 通常の人間と全く同じ性質に生まれ、そう生きている。しかし、親の片方が怪異であるが故に、DNA検査では「黒」と判定されるのだ。


 それでは、「黒」と判定された怪異人間(ハーフ)はどうなるか。両親、時にはその祖父母まで身辺調査が入り、何処で怪異が混じり込んだのか徹底的に捜索される。そして、怪異が見つかった際には――。


「もう、今は、静かに暮らせているんですよね」

 

 じっと考え込んでいた凌雅から零れ落ちた言葉が、小さな支部長室に響いた。

 

「だと、いいな」

 

 尚也は煮え切らない返事を落とす。そして紙を一枚ずつ確認して、唇を噛んだ。

 

 黒澤陽光 ――特別処置:未提出

 赤塚兼吾 ――判定不能:後日人間証明書発行

  白石伶 ――人間証明書発行

 小松あおい――人間証明書発行

 小松みどり――人間証明書発行 

 氷沼俊介 ――特別処置:血液提出済:結果待ち

 

 ――何も変わらない、か。

 

 去年も同じように、こうして暁の健康診断の結果を取り寄せていた。

 目的はただひとつ。

 疑い続けている黒澤陽光の診断結果を知るため、ではあるのだが。

 

 この健康診断のDNA検査には正式に用意された特別処置があった。何千といる学生を検査するために、一般的な教育機関では血液検査を推奨している。その一方、採血が得意ではない学生も勿論いる。そういった学生は、「自己申告」にて特別処置を受けることが出来るのだ。

 

 その方法は様々で、別日にて落ち着いた環境で血液検査を行ったり、その他検体を提出したり、と複数の処置が設けられていた。


 この六人の中では、黒澤陽光と氷沼俊介が該当する。

 俊介は、血を抜かれるのがどうにも苦手であると述べていたことがあるし、つい先日には血液採取を行ってきたと泣きべそをかいていた。あと数日もすればコチラに結果が届くだろう。

 

 ――陽光は、……分からない。

 

 一年の頃から特別処置を受けていて、その結果は毎度「人間」であると証明されているからこそ、尚、分からない。

 

 この特別処置には、誰しもが思いつくような逃げ道がいくらでもある。だから、血液や、第三者の前で採った検体以外は、信憑性がゼロに近い。


 尚也は大きく息を吐き出すと、汗のかいたコップを掴むと、わずかにぬるくなった水を飲み干した。そして紙をひとまとめにすると、封筒の中に戻す。

 

 これ以上の個人情報を漁る趣味は、尚也にも凌雅にもなかった。

 


 


次回更新▷▶▷2/10(火)19:00

『EP.3-4、踊れ、おどれ』

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