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箱庭物語  作者: 彩都 らく
第三章、レイ
28/38

3-3、藍と茜の境界線で②




「せ、せんぱい?」

「陽光、せんぱい」

 

 いちばんはじめに口を開いたのは、みどりだった。後を追うように、あおいも俊介(しゅんすけ)達の前に立つ人物の名を呼んだ。想定外の登場による動揺からか、二人の声は震えている。

 

「それで? こんなところで何してたの。その様子だとこれから宅飲みっぽいけど……、俊介の家は反対側でしょ」

 

 仁王立ちで進行方向を塞ぐ男――黒澤陽光(くろさわようこう)は四人の姿を見回した後、尚也と俊介の手に下げたられた袋へ視線を向けると、首を傾げながらそう言った。どうにも此方の様子を伺うような仕草に、俊介は口を閉ざす。

 

 ――下手なことは言えない。

 

 陽光の口ぶりから推測するに、白石伶(しらいしれい)を尾行していたことはバレているだろう。数秒の間、その場は知り合いが五人も集っているとは思えないほどの静寂に包まれた。ぬるい風が皆の間を通り抜け、それぞれの頬を撫でていく。

 

「あの、……え」

 

 その静けさに耐えられなくなったあおいが、何かを言おうと口を開いた瞬間だった。

 

「……伶さんを、追いかけていました」

 

 いつも通り一歩引いた場所で、いつも通り全体の様子を俯瞰しているはずの尚也(なおや)が動いた。俊介達と陽光の間に割り入ると、冷静な口調で事実を述べる。

 

「へぇ」

 

 そう静かなる相槌を打った陽光に対し、尚也は怯む事なく続けて言葉を紡ぐ。

 

 何故、どうして、白石伶の後を追っているのか。

 二年生が感じていた白石伶に対する“違和感”を、端的で分かりやすく説明する。一方で、核心となる写真のことは伏せるようだった。ただ、“違和感”という言葉を強調して述べていく。

 

 陽光は、それを真剣に聞いていた。時折「あー」だとか、「うーん」だとか、困った素振りを見せながらも、真っ黒な双眸で尚也をじぃっと見つめていた。

 

 ――尚也……?

 

 ふと、急に静かになった尚也の後ろ姿を見やると、彼は少し困ったような表情をしていた。緊張しているのか、背中へ隠した左手の指先をひっきりなしに動かしている。

 

 すると、陽光が大きなため息を吐き出した。

 

「はああ、なぁんだ。良かったあ……」

 

 まるでその場に崩れ落ちるかのような体勢で声を出した陽光は、目を細めて安堵の笑みを浮かべる。心底安心したのか、つい先まで場を支配していた陽光の威圧感が消えた。

 

 そんな陽光の様子に、やっとまともな呼吸が出来たのか、みどりとあおいも深呼吸を繰り返している。尚也だけは、未だどこか緊張した面持ちで陽光を見ていた。

 

 一方で、俊介はただ口を閉じ、影が伸びていく地面へ視線を落とすことしか出来なかった。両手に下げたままのビニール袋が、やけに重たくて仕方がない。

 いやにかいた手汗のせいで、袋ごと滑り落ちていきそうな感覚に身じろいだ時だった。

 

「……少し、大事な話をしようか」

 

 陽光が、そう言った。近年稀に見る真剣さを表情にのせ、酷く重苦しく言い放つ。威圧感はもうない。それでも、聞いているこちらの息が詰まるような声だった。


 俊介達は有無を述べる暇もなく、誰からともなく、「はい」と答える。

 

「それじゃ、すぐそこの公園に行こう。立ち話も何だしね」

 

 ふふ、と笑った陽光は、伶が立ち去った方向とは逆を指差すと、返事を待たずに歩き出した。

 

 

 黄昏時の公園は、静かだった。 

 防災無線の試験放送として流れる「夕焼け小焼け」が流れてから、しばらくの時間が経った今。街灯の明かりがぽつり、ぽつぽつとつき始めた頃合。

 

 「帰りたくない」と駄々を捏ねる子ども達と、そんな彼らを迎えに来た家族の攻防戦が繰り広げられている傍ら。

 

 俊介一行は、公園の端っこにある東屋にて集っていた。明日の練習ではこのシーンを詰めたい、だとか、次の演目ではこんなことをしてみたい、だとか。先までの重苦しい空気は何処へやら。

 

 未だ平和な日常の延長線上で会話をする皆の様子に、俊介はひとり、ため息を吐き出した。


 

「それでさ、本題に入ろうと思うんだけど」

 

 公園に着いてから、場の空気が緩みきって十数分くらい経った頃だろうか。誰との会話に混ざる訳でもなく、静観していた陽光が口を開いた。皆の視線が、一気に陽光へ向く。

 

「……まずは、事実を再確認させてね。君たち二年生ズは、ここ最近の伶の様子がどうにも変だと“違和感”を覚えていた。最初に気が付いたのは俊介で、そのことを気にするあまり、昨今の練習に集中出来ていなかった、と。ここまでは合っているね?」

 

 静かな口調で話す陽光は、一人一人の表情を伺うためにゆっくりと視線を動かした。

 

 ――……練習で詰められている時のようだ。

 

 正直に言ってしまえば、息苦しかった。演劇サークルの部長として、圧倒的演技力の持ち主として、同期や後輩に指導する陽光は大抵こういう話し方をする。普段は酷く優しく、柔らかく話すものだから、落差が凄まじい。

 

「……間違いないです」

 

 一拍置いて俊介が頷けば、陽光は間髪入れずに続けた。

 

「うん、良かった。それで、俊介から話を聞いた君たちもまた、伶に対して共通の“違和感”を覚えていたと。その違和感とやらの正体を暴くため、偶然見かけた伶の後をつけていたら、……俺が声をかけた、って話だよな」

「はい、概ね合ってます」

 

 今度は、陽光の視線が尚也の方へ向いた。


 尚也がすぐさま小さく頷くと、陽光は「うーん」と溢して、その整った顔に皺を寄せる。そして一瞬何かを言いかけてからすぐに口をつぐみ、わずかに首を振った。

 

「……あまり、こんなコト言いたくないんだけどさ、」

 

 続く言葉を考えているのか、音が途切れる。いつの間にか居なくなっていた子ども達の声が失われた公園には、妙な静けさだけが残っていた。

 

「揃いも揃って思慮深い君たちが、……こんな短絡的で突発的で、どうにも軽率な行動に出るとは思えないんだよね」

 

 陽光は、再びこの場にいる全員の顔を見回す。

 

「何か、隠してることあるでしょ。言え、とまでは言わないけれども、言ってくれたら嬉しいなあって」

 

 ――つまりは、全部お見通しってことね。

 

 俊介は、はあと息を吐き出すと、携帯をポケットから乱雑に取り出した。そして流れるように例の画像を表示し、陽光に見せる。すると彼は、

 

「伶じゃん」

 

 と、短く言葉にしてから口を閉じた。瞳は大きく揺らいでいるものの、この写真の正体は知らないらしい。早く説明しろ、とでも言うかのような鋭い視線を間近に感じながら、俊介は続きを語るべく口を開く。

 

「はい、伶さんです。あの、……例のうわさ、知ってますか? ――深夜二時の図書館。そこには、」

「美しい女性の霊が出るらしい……、だろ。お前たちが散々言うから覚えたよ。それで? ……もしかして、その霊ってのが、この写真ってこと?」


 俊介の声に被せるように発言した陽光は、再び俊介の手の内にある携帯を覗き込むと、例の写真をまじまじと観察した。

 それから、考えたのかも分からないほどの短い時間で頷いて、

「……ああ、なるほどね。理解した」

 と、小さく言った。


 さすが、頭脳明晰と謳われるだけある先輩である。

 たった一瞬、ほんの数秒の間に状況を理解した様子の陽光は、「うーん」と唸るような声をあげてから黙りこくる。


 その一方、俊介達は一言たりとも話すことは出来なかった。別段、話すな、と命令された訳でも無いのに、誰一人としてこの妙に重たい空気を破ることは出来なかった。


 すると、天の鋼板(こうはん)を見つめていた陽光の黒い双眸が此方を向いて、パチンとひとつ。小さく手を叩く。

 

「まあ、この件は俺に……、いや、三年生に任せてよ。俺たちはさ、もう二年は一緒にいんの。正直な話をするとね、伶の不調……“違和感”には気が付いてたよ。

 どうしようか、考えあぐねていた所だったんだ。……その写真の件もふまえて近日中に答えを出すよ」

 

 ――答えを出す?

「答えを、出す?」


 俊介が心の中で疑問に思うと、尚也がまったく同じことを口に出した。はっ、と尚也を見やると、彼は肩を竦めていた。その隣にいるみどりとあおいに関しては、最早その綺麗な瞳たちを面にあげることはないらしい。

 

「ん? 伶の正体を……真実を、俺たちの手でつきとめるんだろう。本件は俺たち三年が請け負うよ、ってことさ。

 ……だから、君たちは今の演目に集中すること。それから、鍋パーティーを楽しむこと。今しかない時間を一分一秒たりとも逃さないこと」


 全てを言い切った陽光は、今までの空気が夢であったかのように、柔らかくふわりと笑った。

 

 そして、

「良いね?」

 と、冗談めかしく笑いながら疑問を投げかけて、 

「……はい」

 と、答えるしかない俊介達を見て、静かに頷いた。


 ――この人は、本当に……。


 自分が正しいと思ったことや、自分が曲げたくないと思ったことに対して。それから、自分の見解に絶対的自信がある時。これらの条件が当てはまると、黒澤陽光という人間はどうにも頑固になる。


 周りの人間が「いいえ」と言えない環境を、雰囲気を、無意識のうちに作り出してしまう。


「それじゃあ、俺はそろそろ行かないと。お迎え来ちゃった」


 ゆっくりと動き出した陽光の視線の先をなぞれば、そこには、赤塚兼吾(あかつかけんご)と一人の男が居た。公園の入り口で、二人揃って片手を挙げて陽光へ手を振っている。


 ――あの人、誰だっけ。


 兼吾の横にいる男は、【暁】に所属する人間なら一度でも見たことがある人物だ。三年生の三人と仲が良い人で、学内では共に行動をしている所をよく見かける。この数ヶ月はすれ違う事もなかったからすっかり失念していたものの、随分と前にはご丁寧にも自己紹介までしてもらったはずだった。


 ――……ま、いっか。


 俊介が思考の海から戻ると、陽光は既に数歩先へ歩いていた。此方を振り返り、大きく手を振っている。


「ごめんね、引き止めちゃって。それでは、今宵を楽しんで!」


 こちらもまた真似をするように手を振れば、陽光は兼吾達の方へ向かって勢いよく走り出した。

 俊介達を振り返ることは、もうない。

 

 ただ重苦しく、何とも言えない空気だけを東屋の中に残して、太陽のような先輩は藍色の世界へと溶けていく。溶けて、とけて、消えていく。

 

 

 


次回更新▷▶▷2/8(日) 20:00 『EP.3-幕間、健康診断』

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