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箱庭物語  作者: 彩都 らく
第三章、失踪
27/40

3-3、藍と茜の境界線で①

 

 昨晩。

 俊介達の静かなる作戦会議は時間切れとなり、結論のひとつも出やしないままに解散した。


 ――これから、どうしようか。


 ついに“違和感”を言葉にしてしまったからこそ、今さら後戻りは出来なくなってしまった。


 「白石伶」は、『怪異』か「人間」か。

 本当の「白石伶」は、今何処にいるのか。

 真相を暴くこと、それ即ち、素人には到底難しいことなど分かっている。


 俊介は、一晩たっても尚おさまらない動悸を胸に、沈みゆく夕陽へため息を吐き出した。


『なら、作戦会議という名の鍋パーティーをしよう』


 そう言ったのは、あおいだったか。


 結局のところ、自宅に帰っても話し合いの熱を冷ますことの出来なかった俊介たちが、メッセージでやり取りをしていた中。その一幕で、『明日は暇?』というみどりの問いかけから始まった鍋パーティーの提案は、見事に可決となったのだ。


 幸い、本日は【暁】の練習が無い休日だった。


 鍋パーティーの会場となる自宅を掃除すること、数時間。五月も上旬が終わろうとしている今日日に鍋……? とは思うものの、まあ、いつ食べたって美味しいのだから無問題。


 夕刻まで講義があるという尚也を迎えに行くため、片道十五分の通学路を歩く、今。一足先に合流した双子と共に夕陽へ向かう道すがら。


「ねえ、何鍋にしよっか?」

「ねー、どうしよっか。折角なら春らしい方が良いんじゃないかな。春キャベツとか……、あとなんだろう、アスパラガスとかさ」

「あぁ、いいねいいね。豆乳系食べたくなってきたかも。白だしとかも合いそうだし、悩んじゃうね」

「うーん、いいねぇ。せっかくなら色々調べてみよう」


 先頭を並んで歩くみどりとあおいは、すっかり鍋の具材に夢中な様子である。楽しそうに繰り広げられる会話は、聞き心地が良かった。

 俊介は、その後ろを静かに着いていく。


 

「おーい」


 それから、人通りのそこそこ多い住宅街を数分歩いた頃。鍋の具材や、今晩必要な物をリストアップする双子たちの会話がちょうど途切れた時。


 目的地となるスーパーの前で、一人の男がこちらへ手を振っていた。大学のすぐ側にある唯一のスーパーで、学生のお財布にも優しい。さらには目立つ看板が掲げられているからこそ、待ち合わせ場所にも最適なのだ。


「尚也ー!」

「おー、おつかれー」


 即刻気が付いたみどりとあおいが駆け寄れば、尚也は「おつかれおつかれ」と何処か気の抜けた声を出していた。そしてこちらを見やると、ぺこりと一礼する。


「俊も片付けお疲れ。今晩はお邪魔します」

「お邪魔されます」


 絶妙な礼儀正しさに、そう返せば尚也は小さく笑った。その姿を見届けた瞬間、尚也は未だ鍋の味に困っていた双子に捕まったようで、「え、俺豆乳が良い」と即答していた。



 尚也が揃って、いつもの四人になってからは早かった。


 広いスーパーの中で必要な食材や飲料を探し集め、確実に要らないものまでカゴに入れつつも、人の流れに乗ってお会計を終わらせる。


 張り裂けそうなほどの大きな袋を、計四つ。俊介と尚也が両手に抱える形で歩き始めた時には、あたりは美しい茜色に包まれていた。


「綺麗な夕陽だねぇ」


 ふと、俊介がそんな事を口にすれば、無言で隣を歩いていたあおいが頷いた。


「うん、本当に綺麗」


 横目であおいを見やれば、彼女は静かに笑っていた。彼方遠くの水平線に沈みゆく太陽は、その半分を大地に飲み込まれている。それでも、闇を司る藍色を貪るほどの輝きを放っていた。大空をあけ渡す最後まで、美しかった。



「えっ」

「どうし――」

「しっ。静かに。……伶さんだ」


 俊介の自宅まであと五分で着く、という時だった。


 みどりが急に足を止め、真後ろを歩いていた俊介が止まれずにぶつかった。突然の衝撃と困惑に文句のひとつでも言ってやろうかと、そう思った口は開くことを許されない。きっ、と鋭い視線で俊介を見たみどりは、ひとつ。


 今、最も皆が敏感になっている人物の名を呼んだ。


 ――……本当だ。


 みどりが指し示す先には、白石伶が歩いていた。俊介たちが歩く道の、反対側。大通りを挟んだ向こう側。黒のジャケットに黒のスキニーを着こなし颯爽と歩く様は、まるでモデルのようである。


 ――そういえば、僕とご近所さんなんだっけ。


 少し前、そんな話をした事があったような気がする。地方からたった一人で上京してきて、二年。未だに難しいことばかりだよ、と、述べていたのも記憶に新しい。それに、宵の口大学まで徒歩圏内のこの地域は、学生向けのアパートや学生寮が多く存在するのだ。ご近所さんでも何らおかしくはない。


 

「ついて……、いってみる?」


 ――え?


 思考よりも先に、口が勝手に動いていた。自身から零れ落ちた言葉の意味に驚き目を見開けば、六つの瞳がこちらを覗き込んでいる。


 どうしよう、なんて。思っている間にも、伶さんとの距離は離されていく。 


「それなら、早くしないと」

「いってみよう」


 あおいが、くいと俊介の服の裾を引っ張って、みどりが決断を下す。無言のまま立ち尽くす尚也を見やると、彼は静かに息を吐き出したあとほんの僅かに不服そうな表情を見せて頷いた。


「うん、行こう。ヤバいと思ったら直ぐに引き返す」


 だから。

 俊介はそう言い切って、重たい袋の取っ手を強く握り直す。それから改めて再び皆を見回せば、異論はないようだった。



 〇×



 尾行。

 それは、想像よりも難しく繊細なものだった。

 尾行。

 それは、出口のない迷宮に迷い込んでしまったかのようなものであった。


 これは、犯人に顔の割れていない探偵が世界に溶け込み、華麗なる尾行から証拠を集めて犯罪を証明するような、実に王道的で真っ直ぐな話ではない。


 互いに顔を知ってる者共が、相手に一瞬でも後ろを振り向かれたらバレてしまう者共が、ルールのない鬼ごっこを繰り広げているような、小難しい話なのだ。


 数十メートル先を真っ直ぐ進む伶は、時折携帯を見ながらも、着実に目的地へと向かっている。歩幅やピッチの違いか、彼女は俊介たちも早く歩く。


 左へ曲がり、右へ曲がり、また左へ曲がり。


 大体七・八分が経った時、閑静な住宅街の中で伶が

足を止めた。肩から下げたバッグの中から何かを探しているようだ。首を傾げながら覗き込んでいる。


 一方、そんな伶を見守る俊介たちは、曲がり角で固まっていた。息を潜めて、一言も発さず静かに。ただ、伶の動きを視線で追いかけ続けている、……と。


「なぁにしてんの、君たち」


 ――……え。

 こちらを咎めるかのような、鋭く低い声が大気に響いた。

 びくりと肩を震わせて、声の主の方向へ顔を向けると、そこにいたのは。


 白石伶の同級生にして、【暁】の部長。

 黒澤陽光(くろさわようこう)だった。




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