表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱庭物語  作者: 彩都 らく
第三章、レイ
26/37

3-2、写真④


「……つまり? 伶さんは……、どういうこと?」

「だめだぁ、混乱してきた」

 

 ふと浮かんだ思い出から意識を戻すと、双子が崩れ落ちている所だった。みどりは天を仰いでいるし、あおいは眉を寄せて険しい表情を見せている。

 そこで、事前に用意していた仮説を述べようと準備をはじめようとした時。

 ここまで殆ど口を開かずに静観していた尚也が動いた。

 

「……噛み砕こうか」

 

 机上の中心を照らしていた携帯を置いた尚也は、突然そう言い放つ。そして、それから。どこから持ってきたのか、小さな立方体の積み木を取り出すと、ことんと丁寧に机へ置いた。

 

「まず、この赤色の積み木。これが伶さんの姿をした『怪異』だとしよう。それから、この黄色の積み木。これが人間の伶さんだとするよ。

 この二つの存在について、考えられるパターンを考えてみようか」

 

 尚也の声に合わせて、赤と黄の積み木が踊る。

 

「一つ。赤色と黄色が同一の存在だった場合。……俺たちが知っている伶さんが、出会った当初から『怪異』だった場合、ね」

 

 舞台にのっていた二つの積み木が消え、橙色の積み木が登場した。

 

「最初から、この橙色の積み木しかいなかったんだとすれば……」

「俊が言っていた、イヤリングや衣服の問題は解決する、ってことだよね」

 

 尚也の呟きに、みどりが応える。

 

 ――そう、そうなんだけど、でも。

 

「それだと、……僕たちが感じた“違和感”にこたえが出せなくなる」

 

 俊介は机の下で両手の拳を握ると、静かに言った。

 

「うん。だから、もう一つ。赤色と黄色が全く別の存在であった場合……」

 

 淡々と言葉を紡ぐ尚也は、再び赤色と黄色の積み木を取り出した。そして僅かに悩む素振りを見せた後に、尚也は続ける。

 

「今日俺たちが会った伶さんが、黄色だったとしようか。赤色はただ、たまたま黄色の姿を模倣しただけの存在で、黄色とは一切無関係なのか。“違和感”を偶然と捉えれば全然、あり得る話で……。

 逆を言えば、もし、今日俺たちが会った伶さんが、赤色だったとして、そうだとしたら、黄色は今……。……もう、辞めよう」

 

 低く、静かな声だった。

 尚也は赤色の積み木を手の内に隠すと、大きく息を吐き出した。震える指を隠すかのように握りしめられた拳が、力無く机の上に置かれる。

 

「僕は、曖昧なままで終わらせたくない」

 

 残った黄色の積み木へ視線を向けながら、俊介はそう言った。言ってしまった。珍しくも目を見開いた尚也と、視線が交差する。

 

「俊、お前……、意味を分かって言ってるのか」

「うん。分かっているとも」

 

 ――曖昧なままで終わらせない、それは、つまり。

 

「僕は、今までのように皆と平穏な日々を過ごしたい。卒業するまでずっと、卒業した後もずっと、ずぅっと。誰一人、欠けることなく」

 

 ――真実を覗く必要がある訳で。

 

「君たちや、先輩たち、新入生たち、皆と在り来たりな日常を過ごしたい。つまらなくても、何かの二番煎じでも良い。ずっと、ぬるま湯に浸かっていたかった」

 

 ――でも、真実を覗いてしまったら、その時は。

 この“違和感”の正体を暴いた時、それは。

 

「僕が、いつもの僕を演じることが出来ていたら、良かった話なんだけどね。もしかしたら、もう……」

 

 ぽつんと取り残された黄色の積み木を手にして、俊介は続ける。やっと全貌を理解した翡翠と葵色の瞳が、同時に揺れた。

 

「伶さんが居ないかも、って仮説を立ててしまった時から、もう僕は……」

 

 空気が一層重たくなる。

 もう、誰も口を開かなかった。

 暗い倉庫に、ランタンの灯りがひとつだけ。外を駆け抜ける風の音が嫌に大きく響いて、それがうるさくて仕方がない。

 

「……それで?」

「うん?」

「俊は、どうしたいんだ」

 

 落ちて、堕ちて、おちきった空気に声を発したのは、尚也だった。先の低い音ではない、柔らかくて優しい色を孕んだ声に顔を上げれば、彼はただもの静かに首を傾げていた。

 

「僕は、……僕は、僕にできることをやってみたいと思っている。その結果がどんなものだとしても、然るべき行動を取ると約束する」

 

 ――例え、もう、取り返しのつかない状況であったとしても。

 ――例え、伶さんが怪異そのものだったとしても。

 ――そうだよね、尚也。

 対面で小さく頷いた尚也を見届けて、俊介は息を吐き出した。

 

「そんなに今という時が大切なら、何もしないことが正解なことは分かってる。答えを出したいのであれば、怪異対策本部に通報するのが一番だって分かってる。でも、ごめん。本当に、ごめん。

 これは、僕のエゴだ。ひとりで抱えきれなくなったのも、皆を今ここで巻き込んだことも、僕の弱さだ。弱いくせに、それでも僕は、この手で――……」

 

 ――この日常を終わらせたい。

 ――この目で、見届けたい。

 積もり積もった想いは、言葉に出すことを許されなかった。

 目の前から伸びてきた尚也の大きな手が、俊介の口を塞ぐ。

 

「それ以上は、言葉にするな。……俺に手伝えることなら、何でもする」

 

 小さく頷けば、離れていった手のひらは再び机の上に置かれた。そして、しばらくの間黙りこくっていたみどりが口を開く。

 

「わたし達も協力するよ」

 

 あおいも頷いている事から、彼女らの合意なのだろう。

 その瞬間、全身の力が抜けてしまったようだった。ずっと、ずっと、考えていた。終わることのない思考の海を泳ぎ続けていた。結局何も解決していないとはいえ、それでも、少しだけ肩の荷が降りたような気がしてしまうのは薄情か。

 

 と。

 

 からん、ころん、と。

 

 人の寄りつかないはずである旧校舎に、不思議な音色がひとつ、響き渡った。隣で座っているあおいが肩を揺らす。誰も、声は出せなかった。

 

「……待ってて」

 

 再び、からん、ころん、と、音が鳴る。

 

 そんな中、尚也が囁いた。尚也に視線を向ければ、どうやら彼は外の様子を見に行こうとしているらしい。皆の静かな制止も虚しく、彼は足を進める。そして重たい扉をぎぃと開くと顔だけを外に出して、それから。

 おおよそ数十秒。警戒したように見回した後に、尚也は扉を閉めた。

 

「ただ、猫が遊んでいただけだったよ」

 

 その言葉に、誰かが「……そっか」と呟いた小さな声が、薄闇に溶けて消えていく。

 もう、不思議な音色は聞こえなかった。

次回更新▷▶▷2/4 19:00 『EP.3-3、藍と茜の境界で①』 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ