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箱庭物語  作者: 彩都 らく
第二章、うわさ
21/38

2-幕間2、小松みどりの独白

 


 演劇サークル【暁】は、居心地が良いと、わたしは思う。

 わたし――小松(こまつ)みどりにとって、暁とは。一生忘れることのない大切な居場所だった。

 

 完成度の高い演劇をすること、見に来てくれた皆に楽しんでもらえる舞台を作ること。

 暁の皆が同じ方角を向いて、一生懸命日々の努力を重ねている。

 

 練習をするときはもちろん、皆真剣で、皆必死で、時には笑い声のひとつも起きない日だってある。それでも、練習の外では皆明るくて、優しくて、和気あいあいとしている。そんなところの全部が、大好きだった。

 

 暁に入ったのは、双子の妹である あおいと共に、小さな頃から演劇に携わってきたことがひとつ。小学校では演劇クラブに所属していたし、中学・高校では演劇部に所属していた。最高学年では部長として部を仕切り(あおいは副部長としてずっとわたしを支えてくれていた)、それなりに最高の演技をしてきた自負がある。

 

 そんなわたし達が、宵の口大学に入学し、暁の舞台を初めて見た時。

 

 それはもう、革命だった。たったひとつしか違わない先輩達の演技は、「最高」と称すにはあまりにも安すぎるほど、美しく、綺麗で、今でも忘れることはない。もちろん、今は引退した最高学年の先輩達の演目も良かった。

 でも、陽光(ようこう)先輩、兼吾(けんご)さん、(れい)さんの三人で作られた舞台は、本当に一味違った。ここに入ろう、と、舞台が終わった瞬間にあおいと目を合わせた程、凄かった。

 何よりも憧れで、素敵な先輩たちは今、舞台の中央で真剣な表情をつきあわせている。


 

「うぅん。……このシーン、立ち位置が難しいな」


 腕を組み気難しい顔をしているのは、この暁の部長。黒澤陽光(くろさわようこう)先輩。

 至極頼れる部長で、何をしても、何をやらせても何でも完璧にこなす。難しい役でも、出番の少ない役でも、その場を呑み込んでしまう程の素晴らしい演技をする。

 

 趣味は女遊びだと、陽光先輩は冗談めかして言うけれど、本当なのかもしれない。そう錯覚するくらい、この宵の口大学には陽光先輩のファンが多い。まあ、それは、彼の性格や容姿にも起因しているだろうけど。身長は高く、スタイルも良く、甘い顔立ちと来て、その声色は柔らかい。噂によれば、運動神経も抜群らしい。先輩が一年生の頃受講していた体育の授業では、見学者が沢山いたとかなんとか。

 つい先日、誰かが「一国の王子様みたい」と称したのも頷ける。


 

「そうだね。今のままだと無理やり感があるし、その後のシーンの転換が難しいかも」


 その陽光先輩の隣で同じく腕を組み、頷きつつも首を捻るのは白石伶(しらいしれい)さん。

 

 暁の副部長で、なにより、私にとって一番の憧れ。忙しい陽光先輩の代わりに事務作業を担当し、場の雰囲気を保つのが上手い先輩だ。

 

 中性的な顔立ちで、中性的な声を持つ伶さんは、演劇でもその全て存分に生かしていた。男役も女役も、どちらを演じていたって、舞台上に出た瞬間目を奪われる。頭の先から足の先まで、繊細で考え抜かれた所作は美しい。実際、伶さんにもファンは沢山いて、その内訳は女性が九割ほどとか。


 

「……あぁ。そうしたら、うぅーん、このシーンの構成変えてみようか。立ち位置に合わせて、台詞と……、演出も変えたら違和感はなくなると思うけど」

 

 そして、そんなふたりの様子を近くで見守りつつ、舞台の床を指さしながら発言しているのが、赤塚兼吾(あかつかけんご)さん。

 

 三人しかいない三年生の、最後のひとり。縁の下の力もち、という言葉がぴったりな先輩だ。この暁が演じる演目の脚本は、兼吾さんが作っている。それどころか、舞台上の演出の殆どが兼吾さんの発案だし、何より、演劇指導においても任せておけば間違いないと言われるほど。

 

 普段の日常生活では気怠そうにするどころか、サークル室やそこら辺のベンチで居眠りを繰り返しているくせして、演劇に関することは人一倍真剣だった。とはいっても、兼吾さんが主役を演じることはない。大抵が出番の少ない役柄で、その真相を聞いてみても、「俺は“なにもの”にもなりたくないのよ」とはぐらかされる始末。少し不思議な先輩だ。そんな兼吾さんも、陽光先輩とはまた違う、端正な顔つきから、密かなファンが沢山いることはここだけの話。

 


「うっわ、最悪だぁ。 明日ドイツ語の試験じゃん!? なんで教えてくれなかったのぉ」

 

 三人の様子を遠くから見守っていたわたしは、後方から聞こえてきた同期の大声に振り向いた。そこには、頭を抱えて絶望した表情を見せる氷沼俊介(こおりぬましゅんすけ)がいる。

 

 俊介は、わたしを含めて四人いる同期の一人。この暁の中では最もおちゃらけていて、ムードメーカーでもある。笑いあるところの中心には、必ず俊介がいる。基本は明るくて、悪ノリしがちだし、何にでも首を突っ込みたがる。とはいえ、彼は何も考えていない訳ではないと、わたしは思う。日々何か小難しいことを考えているし、核心をついた発言をするのはいつだって俊介だ。

 

 そんな彼は、手先が器用だ。暁の舞台で使う大道具や小道具は、俊介がデザインし準備している。専ら同期の溜まりになっている一人暮らしの彼の家は、凄い。家具や私物は最小限で、一面模型だらけ。趣味で作っているんだって。


 

「俺は一昨日、お前に教えたぞ」

 

 それから、落ち着いた声で冷静に口を開いたのは、これまた同期の古川尚也(ふるかわなおや)

 

 尚也の演劇の腕は、素晴らしい。この暁に入ってから演劇を始めた、なんていうけれど、わたしはまだ疑っている。お兄さんが有名な俳優だと言っていたが、それだけでは納得いかないほどに、彼の演劇は人を魅了する力がある。

 

 基本は物静かで落ち着いていて、わたし達同期にすら、一歩引いた場所から話しかけてくる。でも、時々信じられないくらいの悪ノリをしてくる時があるから不思議だった。誰にでも優しくて、怒るところなんて、見たことがないかもしれない。陽光先輩に匹敵する甘い顔立ちに、左手の甲へ常に包帯を巻いていたりと、若干ミステリアスなところはきっと、来年には沢山のファンに囲まれているんじゃないだろうか。次の部長は絶対、尚也で間違いない。


 

「……先輩、第二外国語ドイツ語なんですか! 言ってくださいよ。あの、良かったら教えてくれませんか。俺、まじで分からなくて」

「ええぇ、だから言わなかったのに。……一年の第二外なんて簡単だろ」

「はぁ? そんな訳ない。全然ムズイ、普通に。僕最初の授業から何も理解してないけど」

「理解してない、じゃなくて、理解しようとしてないんでしょ」

 

 尚也の発言に続いたのは、俊介ではなく、新入生の嶋山凌雅(しまやまりょうが)。尚也の言葉に対し、俊介は必死に抗議しているが、一蹴されたようだ。

 

 新入生の凌雅は、唯一、この仮入部期間(サークルへ入るかどうかを決めるために新入生へ与えられた期間で、色んなサークルを体験することができる)に、正式な入部届を出した子だ。他の新入生達は少し迷っているようで、遠くから先輩たちの様子を伺っている。

 

 そんな凌雅は、いつの間にか暁に馴染んでいた。あの尚也の後輩だという、衝撃の出会いからはや数週間。明るく、大きな声で笑顔を絶やさない彼は、まるで大型犬のようだ。人懐っこく、憎むところがないほどに真っ直ぐで素直な後輩である。演劇も初めての経験だというが、随分とセンスが良い。あと数か月練習をしたら、見違えるだろう。


 俊介と尚也と凌雅の会話に飽きたわたしは手に持っていた台本に目を通す。次の演劇の役は、あおいが演じる役と対になる存在だ。あおいが双子の姉で、わたしが妹。現実のわたし達と関係性が逆なのは、それはそれで難しい。


「もう慣れた?」

「はい、少しは……」

「ふふ、うるさいサークルだよね」

 

 少しでも練習しようかとあおいを探せば、彼女は新入生達の様子を伺っているらしい。輪になって話す姿は、邪魔する訳にはいかないか。

 

 小松あおい。わたし、小松みどりの妹にして、同期。生まれた時からずっと、同じ道を歩いている。一卵性双生児で、顔や体格、その全てがほとんど一緒だった。思考も似ているし、好きな食べ物も一緒だし、話し方だって似ている。でも、わたし達は意外と違うところが多い。

 

 わたしは、どちらかというと気の強いきらいがある。やると決めたことは最後までやるし、一度決めた意見を曲げることは少ない。一方あおいは、柔らかい性格をしている。他人に対して物凄く優しくて、自分には厳しかった。そんなわたしたちは、多分きっと、この先も同じ道を辿る。カラーコンタクトや服装で自分の存在を確立されているけれど、それはあくまでも周りへの配慮だ。

 

 ……まあ、そんなことはどうでも良くて。

 

 わたしは、やっぱり、この暁が大好きだ。

 あたたかくて、心地が良くて、叶うのならばこの時が永遠と続けばいいとすら思う。

 ふと思いたって携帯を開けば、サークル室で撮った七人の写真があらわれた。



次回更新▷▶▷1/29(木) 19:00

『EP. 3-1、ユーレイの正体みたり』


第二章、完結――。


『第三章、レイ』

 ――深夜二時の図書館。

   そこには美しい女性の霊が出るらしい。

 世間の注目を浴びた、うわさ。その正体は、白石伶だった。

 うわさの真相と、次々に巻き起こる怪異による事件。

 崩れていく日常は、もう元には戻らない。

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