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箱庭物語  作者: 彩都 らく
第二章、うわさ
20/37

2-7、嘘か、誠か



「まだ、痛い?」

「ううん、平気。かなり動くようになってきたし」

「……そう」

 

 深夜三時。怪異対策本部の支部長室。つい先まで仕事に出ていた尚也は、扉の向こう側から聞こえる会話に耳を傾けた。中に居るのは、例の如くいつものふたり――凌雅(りょうが)沙葉(さよ)で間違いないだろう。

 このふたりは、事ある毎に支部長室へ入り浸っている。

 

 ――まあ、そりゃあ、帰る家が一緒なら仕方ないよなあ。

 

 尚也は小さくため息を吐きだすと、扉の傍に寄りかかり、じいと耳を澄ました。

 

 川崎支部には、帰る家がない者ないしは志願した者に対する、入寮制度があった。活用している者は極少数であるが、支部長である尚也を筆頭に、凌雅や沙葉などの若手もそこで暮らしている。居心地は悪くない。自室はオートロック仕様でプライバシーは守られているし、共有部においても困ることは殆どなかった。キッチンや洗濯室、浴場などの生活必需が完備されているうえ、寮に住まわない隊員も勿論使用可能だ。ここ数年では夜勤組のための仮眠室やトレーニング室なども増設された。

 

 ――……だからこそ。

 

 寮は二十四時間灯りが消えることなく、賑わいを見せている。

 川崎の各地にある七つの寮の中で、尚也達の住まうこの寮は最も人の出入りが激しく、最も騒がしい。司令塔の役割を果たす拠点であるここは、隣接する寮も含めて、常に誰かの気配で満ちていた。

 

「温めておく?」

 

 沙葉の言葉が、やけに近くで聞こえた。ふと顔を上げると、どうやら沙葉が扉を開けたようだ。眩しい光が、常夜灯を飲み込んでいく。

 

「……わ。こんな所で何してるんですか、尚也先輩」

「ごめん、何か……、入るタイミング逃しちゃって」

 

 驚いたと瞳を大きくした沙葉にそう言うと、彼女は「そうですか」と小さく答える。そして、「タオル取ってきます」と続け、こちらの返事は待たずに薄闇へ消えていった。

 そんな様子を視線で追いかけていれば、部屋の中から呻くような声がひとつ。同時に、布が擦れるような音が響く。

 

 ――……凌雅?

 

 どうにも静かな様子に、ゆっくり足を踏み入れると、

「先輩! おかえりなさい」

 と、想像の数倍程大きな声が飛んできた。

「うん、ただいま」

 思わず片耳を塞ぎつつそう返せば、凌雅はどこか安心したように息を吐き出した。そんな彼は、ソファの端っこに腰かけていた。大きな身体を丸めて、毛布にくるまっている所を見ると何かがあったのだろう。膝に乗せたタブレットを操作しながらこちらを見ている。

 

「件のうわさ。現場はどうだった」

 

 尚也が問うと、凌雅は固まった。そして観念するかのように息を吐き出し、短く答えた。

 

「怪異と対峙し、逃しました。……俺が」

 

 視線をこちらから逸らすことなく、それでも少し言い淀んだ凌雅は、言葉の最後に下を向く。尚也はそんな彼を横目で見ながら、自身の椅子に腰かけて、問うた。

 

「怪我人は?」

「怪我人は居ません。現場はすぐに落ち着き、集っていた一般人が帰るのを見届けました」

「うん、怪異はどうだった?」

「怪異は……、うわさ通りでした。音もなく目の前に現れ、踊り、まわりの油断を誘ったところで距離を詰めてきました。ブロガーの記事と決定的に違ったことは二点あります。

「ひとつは、奇妙な仮面を被っていました。美しいと称された顔はまったく見えず、口元だけが辛じて。

「もうひとつは、刃物……彫刻刀を武器として、明確な殺意を向けてきたことです。確実に、規制線付近にいた野次馬を殺そうとしていました」

 

 凌雅は尚也の問いに淡々と説明を続ける。右手だけの状況説明は、存外分かりやすい。

 

「なるほど。ありがとう」

 

 ――……やっぱり《怪異》だったか。

 

 尚也は「うぅん」と首を捻ると、付けっぱなしにしていたパソコンのモニターを流し見た。川崎支部内で使っている業務連絡ツールに、凌雅からのメールが一通届いている。本日の件についての報告書だろう。視線だけをソファに向けると、タブレットの電源を切ろうとしていた。

 

 ――それにしても。

 

「仮面を被っていた、って所が気になるな。前回は素顔を晒し、今回は仮面……」

「というと、顔を見られたくない人物がいた、とかですかね。ないしは交代制とか」

 

 尚也がぼそりと呟いた内容を、凌雅が拾いあげる。

 

「顔を見られたくない、は良い線かもな。ブログが想像以上に拡散されて、その対策かもしれない。……ただ、どうしてこんな事を怪異がするのかは疑問のままだけど」

 

 交代制、ということはまずないだろう。怪異の性質として、触れるだけで赤の他人に成り代われるという性質がある以上、その説は可能性が低い。万が一にも出現した個体が違うものだとして、同じ顔の怪異を二体用意すれば済むはずなのだ。疑念を残す「仮面」などつける方が、違和感があった。

 

 ――顔を見られたくない人物がいるとしたら、それは一体。

 

 凌雅の報告を反芻しながら報告書を開いた尚也は、とある一文で読む手を止めた。

 

「本当に来てたのか、アイツら」

「ええ、来てましたよ。野次馬の中でも怪異からは多少離れた位置でしたので、バレてるって事はないと思いま……、大丈夫です?」

「……うん、大丈夫」

 

 尚也は、凌雅の心配そうな声を耳に、机へ突っ伏した。

 確かに、自分の同期――氷沼俊介(こおりぬましゅんすけ)小松(こまつ)みどり、あおいの三人は、こういった物事に首を突っ込みがちだ。好奇心旺盛と称すか、はたまた、命知らずと称すか。妙にノリが軽すぎるきらいがある。

 

 ――無事なら、まあ、いっかあ。

 

 なんて。尚也は「はああ」と言葉にならない声をあげ、顔だけを上げると報告書の続きに集中した。それから、数分。眠たそうな凌雅が舟を漕ぎ始めるのを横目に、考え事をしていた頃。

 

「ただいま戻りました」

 

 静かな声とともに、沙葉が帰ってきた。手にはタオルを持っている。白い湯気があがっている所を見ると、十分に温めてきたのだろう。

 

「凌雅センパイ、持ってきたよ」

 

 真っ先に凌雅の方へ行った沙葉は、手にしたタオルを凌雅へ渡した。

 

「うん、ありがと」

 

 同時に、凌雅から小さなお礼の声が上がる。

 凌雅の左腕は、数年前に彼が負った大怪我による後遺症を抱えていた。慢性的な麻痺に、ストレス下での硬直および痺れを伴った激痛。特に指先は動かし辛いそうで、細かい作業は苦手らしい。凌雅自身はなんともないような顔で生活をしているものの、どうにも心配になるものだ。

 

 それでも、凌雅は強い。これまで幾度も、右手だけで怪異と渡り合っているのだから。

 

 ――責めるつもりはない。

 

 さらに読み進めた報告書の下に、丁寧に記載された「申し訳ございません」の文言へ、心の中で返事をする。そして、今度は、疑問を口に出して問う。

 

「そういえば、……例のうわさ好きの青年を名乗るブロガーの安否は取れてるか?」

「ああ、はい。その件なら昨日(さくじつ)解決済みです。念の為、彼の住居がある宮前(みやまえ)の拠点で保護しています」

 

 すると、凌雅の隣に腰かけた沙葉が答えた。

 

「了解。何かめぼしい情報とかは?」

「いえ、特には」

「わかった。こちらの件まで全然手が回ってなくて申し訳ない」

 

 再び淡々と静かに進む会話に、尚也は一息ついて置時計を見やった。

 

 ――もう、五時だ。

 あと少しすれば、空は白み始め太陽が顔を出すだろう。尚也は雑談を始めたふたりの傍へ寄って、小さく手を叩いた。

 

「凌雅、沙葉」

 

 名を呼べば、ふたりは尚也の方を向く。

 

「もう五時近い。沙葉はそろそろ寝て、明日に備えよう」

「はい!」

「それから凌雅」

「はーい」

「お前も寝ろ。あと明日は暁もオフだから、丸一日療養に専念しな。会議には出てもらうけど」

「え」

「怪我を抱えた後輩の穴を埋められないほど人員不足じゃないよ。分かった?」

「……ありがとうございます」

 

 まだまだ元気がありそうな沙葉は明るく、既に瞼が半分くらい閉じている凌雅は静かに答えた。自分とはひとつ、ふたつしか変わらない後輩とはいえ、妙に幼く見えるのは何故か。

 いそいそと自室へ帰る準備をしたふたりを視線で追いかけながら、ひとつ。

 

 ――巡回、行くか。

 

 尚也は出かかった欠伸を飲み込んだ。


 

 〇×


 

 凌雅と怪異の対峙から、おおよそ一週間。

 

 幽霊のうわさは、瞬く間に世間から消え去った。未だ美しい女性の幽霊を見ようと深夜二時の図書館へ集まる人々はいるものの、ピーク時の半分以下であることは明白だった。

 世間の興味とは、すぐさま移り変わるものである。実際、最初こそ「怪異を見てしまった」と口々に語った俊介たちは、この一週間で、その話題を口にすることはなくなった。

 

 ――何かしらの意図があるのか、ただの気まぐれか。

 

 凌雅との対峙から一切の出現がなくなった怪異に、何かしらの思惑があるとは考えにくい。

 

 尚也は一息つくと、目の前へ広がる景色に目を細めた。

 

 十二年前に起きてしまった悲劇、世田谷大襲撃。東京二十三区に位置した、世田谷区。ここ川崎とは一本の河川を隔てて存在した都市。あるところでは静かな住宅街が立ち並び、あるところでは大きなビルや商業施設が立ち並ぶ。そんな美しい街並みは、相当数の怪異によって、たったの一日で陥落した。

 

 現在、世田谷区の周りには大きな壁が建設されている。未だ凶悪な怪異の残党が残っていて、収拾がつかなかった苦肉の策だ。一般人はもちろん、怪異対策本部ですら、世田谷区への立ち入りを禁止されていた。

 

 川崎と世田谷を隔てる壁の上は、怪異対策本部の者だけが立ち入ることのできる場所だ。

 

 ――気の良い景色ではない。

 

 一言で表すとすれば、異質。川崎側を見やれば、もう深夜にさしかかる時間だというのに眩しすぎる程の光に満ちている。一方、世田谷側はすべてが虚無に呑まれていた。手入れをされていない住宅はどんどん崩れていくし、草木も荒れ放題。何度ここまで見に来ていても、暗闇の中に明かりが灯ることは一度も無かった。

 

 尚也は手にした煙草を口にくわえて、小さく息を吸い、流れるように火をつけた。そして吸い込んだ息をゆっくりと吐きだす。白い煙がぷかりと上がって、闇へと溶けていく。

 

 ――このまま終息してくれるのなら、どんなに。

 

「……ん?」

 

 短くなった煙草の火を、設置された手すりで潰し、携帯灰皿にしまい込んだ瞬間の事だった。尚也の携帯が、ポケットの中で揺れた。

 

「これ、……嘘だろ」

 

 思わず漏れ出た声に口を押え、装着していた仮面を外す。

 

『これって、伶さんですよね?』

 凌雅から送られてきた一枚の写真は、昨今流行りのSNSをスクリーンショットしたものだった。


 《幽霊、今日も現る。#幽霊 #怪異? #宵の口大学》


 複数のハッシュタグと共に載せられた一枚の高画質な写真、そこに映るのは。

 演劇サークル【暁】副部長。

 昨日も今日も、練習で顔を合わせている三年生の一人。

 ――白石伶(しらいしれい)、だ。

次回更新▷▶▷1/27(火) 19:00 『2-幕間2、』


第二章、完結――。


演劇サークル【暁】、二年生。小松みどりから見た彼らをご紹介いたします。



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