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箱庭物語  作者: 彩都 らく
第二章、うわさ
18/37

2-5、ひとりごと。

古川尚也は4月2日生まれの20歳です。


※未成年者の飲酒・喫煙は法律により禁止されております。


 古川尚也は眩い携帯を片手に、大きく息を吸っては吐き出した。同時に白い煙が上がり、窓から見えていた月を曇らせる。支部長室でこんなことをしようものなら、沙葉(さよ)に怒られるだろうし、各方面から白い目で見られることに間違いない。ただ、ここは自室だ。少しくらいは自由に過ごさせてもらいたい。

 

 ――何が……、幽霊だ。

 

 つい先日、宵の口大学を中心とした、ありもしない噂が全世界へ発信された。それから数日間。怪異対策本部としては違和感のある噂を放置するわけにもいかず、神隠し――人が消えたと言わんばかりの噂を無視するわけにもいかず、調査を始めようとしていた今日。対策チームを組み、会議が終わったのが数十分前のこと。

 

 ――……その噂は真実であった、か。

 

 「うわさ好きの青年」と名乗るブロガーが、そんな文言とともに一枚の写真を投稿した。


  

 〇×

 どうも。最近は御無沙汰してました。

 怪談系の噂を追いかける、うわさ好きの青年です。皆さん、元気でした?

 まあ、そんなことはさておき。

 実はこの度、今世間を賑やかしている あの“うわさ ”。

 ――深夜二時の図書館。

    そこには美しい女性の霊が出るらしい。

 この記事ですね。これを確かめるために、現場に行ってきちゃいました。

 正直、最初は半信半疑だったんです。如何にもありきたりで、つまらない噂。調べたってなんの価値もないと。でも、まあ……母校にこんな面白い噂があったら行きますよね(笑)

 現地には、自分以外にも何人か野次馬の方々が居ました。僕が着いたのは大体午前一時五十分くらい、かな。それから十分間。場は、静かだった。たまに、誰かが動いたり話したり、その程度。

 

 そして、二時ぴったり。

 

 急に、音が消えたんです。気が付いたら図書館の前に、それはもう美しい女性が居て。

 目を奪われるって、こういうことなんだなって。純白のドレスを着た女性が、踊っていました。滑らかに、しなやかに、美しく、本当に綺麗で。

 

 そうしたら、次の瞬間。彼女は僕の目の前に居たんです。

 確かに、「一緒に踊ろう?」と、僕に言っていたんです。


 ここから先のことは殆ど覚えていません。頭が真っ白になったみたいで、本当に何にも。次に意識がはっきりした時には、自宅にいましたから。今、こうして記事を書いている途中もずっと、手が震えています。

 ちなみに、皆様ご期待の写真は撮れました。はっきり顔が認識できるほどではありませんが、その姿形は分かりますよ。興味ある人は自己責任でどーぞ。


 ああ、それから。

 万が一にもこの噂をこれから見に行く人は、くれぐれも彼女の手を取らないように。


 〇×


 

 尚也は窓際に置いた灰皿へ、適当な仕草で灰を落とす。そして携帯を閉じると、窓の外を眺めた。

 

 ――どう考えたって、『怪異』の可能性が高いだろう。

 

 突然現れ、突然消える。それが幽霊であるというのは、如何にも短絡的で楽観的すぎる。ただ目の前にある現実から思考を逸らしているだけに過ぎない。

 

 『怪異』のせいにしたくないから、幽霊といった実態のない(あやかし)の類に縋る。

 

 それは、今に始まった話ではなかった。

 怪異とは、この世に存在し実体を持つ。その一方で、人間の視界からは消えることが出来る。大気に溶け込むことが出来る。だから。

 

「対策、考えねぇと……」

 

 人が殺されてからでは、もう遅い。このうわさ好きの青年というブロガーも、生きてはいるものの、連れ去れる、ないしは殺される可能性があったことは否定できない。

 

 ――明日は青年の安否確認と、現場での規制と、それから、大学と……。

 

 尚也は、再び煙を吐き出すと短くなった煙草を力任せに潰した。残る焦げ臭い香りが鼻腔を通り抜け、不快感だけを残していく。

 

 思考の端っこで浮かんだ平和で平穏な、それでいて、一番気を張り巡らさなければいけない【暁】に思うのは。

 

 今日も今日とて、顔を出した【暁】での日常は。

 

 新しい台本の読み合わせに、黒澤陽光(くろさわようこう)の的確な指示によって止まることなく進んでいく稽古。時に厳しい事を指導する陽光は、周りへの気配りを忘れない。だから、というのは悔しいものだが、練習室には笑いが絶えなかった。誰かがふざければ誰かが応戦するし。誰かが躓こうものなら、皆が手を差し伸べる。

 

「やめろ」

 

 静かな部屋に、自分の声が大きく響く。

 

 今は、暁に意識を持っていかれている場合ではない。

 

 灰皿の横に置かれた写真立てには、今の三年生と二年生の七人で撮った写真が飾られていた。それを、指先でそっと伏せる。今は少しでも視界に入れたくなかった。

 

 そして、そのすぐ横に立てられた写真をゆっくりとなぞる。尚也が怪異から助け出した子ども達と撮った写真だ。まだ対策本部に入ったばかりの凌雅と沙葉も映っていて、緊張した様子をこちらへ向けている。

 

「……、分かんねぇよ」

 

 新しい煙草に火をつけて一息吸うと、天井を仰ぐ。浮かぶ煙に目を細めながら、ひたすらに心の中で思っていた事を、ついには口に出す。これくらいの弱音も許されない立場にいることは、自分自身で分かっていた。

 

 支部長でありながら潜入捜査の紛い事をすると、そう決めたあの日からずっと。左手の甲に覚悟の焼印を入れたあの日からずっと、ずっと。

 

 ――もう、吐きそうだ。

 

 尚也は口を抑えて、ただ煙を上げて灰になっていく煙草の先端を見た。そして、思考を回す。


  

 怪異による事件が快楽的と称されるには、別の理由がある。『怪異』は殺人や誘拐を起点として、団体の中に溶け込み、その後も平気な顔をして過ごしていく。なんてことない顔をして成り代わり、模倣し、周りの人々が油断している所を一人ずつ壊してまわる、殺してまわる。

 

 尚也も一度、川崎市内で起きた現場へ向かった際、“快楽的殺人を好む怪異 ”を見たことがある。その怪異が成り代わった人間は優しく大人しそうな顔をしているにも関わらず、そこからは想像もつかないような愉悦的な表情をしていた。口の端は大きく歪み、開ききった瞳孔で一点を見続ける。はっきりいって不気味なソレは。

 

 包丁を持ちながら、逃げ惑う友人達を追いかける。

 結論とすればその場で怪異を仕留めることは出来たが、通報を受けた時にはもう既に手遅れだった。


 通報の前に殺された二人の学生の他には、一番最初に怪異によって手をかけられた少女と部員達十名が行方不明となっており、そのどれもが未発見となっている。

 

 埋められているのか、何処か人里離れた所に遺棄されているのか、真相は未だ判明していない。それも怪異故の悲惨な事後であり、事件を起こしたのが人間であるならば拘束して拷問にでもかけて吐かせれば良い。

 

 しかし、怪異は虚無()になり逃げ出す。逃げ出すくらいなら、始末する。だから尚更、未解決、未発見で終わってしまう。

 

 彼女達は陸上部だったそうだ。残されたのはたった二人。十五人で大会の際に撮ったという写真が、部室に飾られていたのを発見した時は、抑えきれそうにない感情が込み上げてきたのを良く覚えている。

 二人は暫く学校に行っていなかったが、最近は少しずつ登校出来るようになったらしい。尚也も時たまに様子を見に行っている。凌雅と沙葉と共に写っているのはその二人だ。

 

 あの時を思い出しただけでこみ上げる不快感に唇を噛み締めながら、もう一度写真に触れた。

 

 ――なあ、頑張れよ。

  

 怪異の快楽殺人事件は、今もまだ何処かで起きている。

 

 貴重な青春の一頁を『怪異』などに奪われてはいけない。血なまぐさく、薄汚れた世紀末のような頁など、たったひとつでもあってはいけない。

 

 ――……俺だけは何があっても、前を向いて生きていかなくてはならない。

 

 尚也は伏せた写真立てを空いた手に持つ。

 

 ――陽光、兼吾先輩、伶さん、俊介、みどり、あおい。

 

 この写真を撮った時は舞台の後でも何でもない、練習も何も無い日にただ皆が偶然、部室に集まってしまった日のこと。

 

 陽光は講義の合間の空き時間で寝るために。

 兼吾と伶は共に昼ご飯を食べるために。

 俊介は勝手に部室に持ち込んでいた模型を進めるために。

 あおいとみどりは終わらない課題を協力して終わらせるために。

 尚也は、何となく、本当にただ、誰かに会いに行きたかったために。

 

 自由な表情とポーズで写真に映る皆を、指でゆっくりとなぞる。

 そして、写真立てを元の位置に戻すと、再び見えなくなるように伏せて置いた。


 尚也は手にしていた煙草はほとんど吸わないままに、灰皿へ押し付ける。

 

 ――寝よう。

 

 寝てしまおう。起きたらまた、自分に出来ることを、自分にしか出来ないことを、全うする。

 一歩ずつ、確実に。

 

 

次回更新▷▶▷1/23(月) 19:00 『EP.2-6、』

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