2-幕間、深夜二時の図書館
――深夜二時の図書館。
そこには、美しい女性の霊が出るらしい。
噂好きの青年がこんな噂を聞きつけたのは、二日前のこと。
突如としてインターネットの海に現れたこの記事は、新しい〝うわさ〟として、凄まじい速度で広がっていた。
――音もなく、突如として現れる、……ね。
青年は肌寒い夜風に身体を震わせながら、目の前に広がる景色に小さく息を吐き出した。
深夜二時に差しかかろうとする、宵の口大学構内。
図書館の前にある小さな広場には、同じような目的でやってきた人々がぽつぽつと集まっていた。それを、数歩後ろから眺めるのがこの青年であった。
青年は、闇夜に紛れるために身に付けた真っ黒な上着の裾を丁寧に叩いた。そうして、ポケットの中からデジタルカメラを取り出すと、ひっそり構える。
青年の目的は、至極単純だった。
世の中に蔓延る〝うわさ〟の類を集めること。幽霊が必ず出るという廃墟に足を運んでみたり、UMAが出たと噂の土地に行ってみたり。そんな青年が、自分の住む街から発信された〝うわさ〟に飛びつかないわけがないのだ。
火のないところに煙は立たない、という言葉を、まさしく証明するのが青年のやりがいである。
「……もうすぐ二時だ」
野次馬の中のひとりがそう言った。
普段なら人っ子一人いない深夜の大学構内に、ささやき声が響き渡る。青年が腕時計を見やると、確かに、時刻は深夜二時を迎えようとしていた。
ざわ、ざわ、と野次馬たちが動き始める。
――……静かにしてくれ。
青年が、そう、短い呼吸を繰り返した時だった。
空気が変わる。
爽やかな春の風が通り過ぎたのを最後に、あたりは押し潰されてしまいそうなほど重たい静寂に飲み込まれた。
野次馬は動かない。動けない。
口を開かない。開けない。
――アレ、は……。
青年の視線の先に突然と現れたのは、それはそれは美しい女性だった。遠目からでもよく分かる。純白のドレスに身を包み、外気に晒された腕や足は細くしなやか。思わずその顔に目が向けば、その顔立ちもまた見事に美しいものであった。薄明かりに照らされるのは何処か儚げで憂いを帯びた表情で、これに見とれるなと言うほうが難しい。
アレ、……否、彼女は、その場にいた全ての人間の視線を奪い、踊る。
頭の先から足の先まで芯が通り、まるで天から糸で操られているかのように、なめらかに、美しく。
踊る、おどる。
この場が、薄暗く何の変哲もない図書館の前であることを忘れてしまいそうな程。まるで、美しい女性が演じる舞台に吸い込まれてしまったかのような世界。
青年は、呼吸も忘れて見入っていた。瞬きのひとつすら勿体ない。
その瞬間。彼女は消える。突然と、音も無く。虚空に消え、そして。
「一緒に踊ろう?」
「……っ、は、」
「ね?」
低くも高くもない中性的な落ち着いた声と、彼女の整った顔が目前に広がった。広場から青年の居た場所まではわずかに離れているというのに、彼女が消えてから青年の目の前に現れるまでは一瞬の事で、思考が追い付かない。
――この、手を取ったら。
目の前に差し出された白く細い手は、そこから動かなかった。ただ、青年に掬い取って欲しいとでも言うかのように鎮座して、動かない。青年は無意識の中で咥内に溢れた唾液を飲み込んだ。
そして最後には、こちらを見やる彼女の瞳が光った。端麗な顔にのせられた黒い瞳は何処までも深く、逃がしてはくれなくて。耳で揺れる大きな雫型のイヤリングが闇夜で光って、それから、……それから――――。
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――深夜二時の図書館。
そこには美しい女性の霊が出るらしい。
その噂は真実であったと、ひとりの青年は語る。
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