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箱庭物語  作者: 彩都 らく
第二章、うわさ
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2-2、うわさ


 時は流れ、陽の半分が隠れた薄暮の頃合い。

 演劇サークル【暁】の部員が集う、こぢんまりとしたサークル室には、賑やかな声で溢れかえっていた。

 

「いいやぁ? それは違うよ、お兄さん。俺がぁ思うにねぇ……。なんか、違うよね?」

「うん、違う」

「全然違う」

「はああ、だよねぇ……」

 

 ついに長くも感じた新歓が終わり、本日からは新たな劇の練習をすることになっていた。その台本を開いた氷沼俊介が、自身にあてがわれた役の台詞を読み上げては何かが違うと悔しがる。その様子に双子――小松みどりとあおいが駄目出しをする。そんな光景が繰り返されていた。尚也と凌雅がこの部屋に来てから、おおよそ十分くらいだろうか。

 

「いいや? それは違うよお兄さん。俺が、思う……、これも違うよねぇ」

「うぅん、もう少し子どもっぽく」

「……。いいや! それは違うよぉ、お兄さん」

「続けて」

「俺が思うにね、この人は絶対に犯人なんかじゃない!」

 

 ――……惜しい。

 

 尚也は、首を捻りつつ、台詞を読み上げ続ける俊介と、共に試行錯誤をするみどりとあおいを交互に見やる。それから、自分の台本を鞄より取り出して、小さく息を吸った。

 

「……以上の情報から、犯人はこの人物で間違いないだろう」

 

 声色は低く、ゆっくりと。自信に満ち溢れた表情で、対面に座った俊介へ視線を向ける。

 

「いいや! それは違うよお兄さん」

 

 すると此方の意図を汲み取った俊介は、つい先程よりも更に子どもらしく、明るく言い放った。

 

「オレが思うにね、この人はぜったいに犯人なんかじゃない!」

「……誰だ、君は」

「ただの小学生だよ」

 

 更に子どもらしく、まるで本当に小学生が言っているかのように台詞を言った俊介は、納得がいったとでもいうかのように大きく頷いた。それと同時に双子から小さな拍手が上がる。最初の演技は悪くない。悪くないけれど、役である小学生らしさが無かったのだ。

 

 今回の演劇は、妙に難しい舞台構成になっていた。全体で二十分から三十分くらい。その中で何度も場面が変わり、二層三層の深みがある内容。何百件という実績を持つ超有名探偵と、突然現れた自称小学生探偵が繰り広げる、推理コメディという不思議なジャンルだった。

 

 ――こんなの、出来るのか。

 

 尚也は再び台本をぱらぱらと捲ると、木机に頬杖をついた。

 

「こんなの作っちゃうって、本当に凄い」

 

 みどりも同じように台本を眺めながら、感嘆の息を漏らす。

 

「うん。兼吾さんって本当に凄いよ」

 

 続いて、あおいも同じように頷いた。

 そう。この台本を作成したのは、三年生の一人である赤塚兼吾だった。新歓では寝てばかりで怒られていた兼吾ではあるが、彼はこのサークルが演じる作品のほぼ全ての脚本を担当している。初めて聞いた時は、酷く驚いた。一夜、二夜では身につかないその技術は、まさしく神業であると、皆が口々に言うのも頷ける。

 

「……あー、あ゙ああ……。皆は今日の台本読み、自信ある?」

 

 突然、台本を下敷きにして机に突っ伏した俊介は、低い唸り声を喉の奥から捻りだした。先まで小学生を演じていた人物とは思えない変わりようだ。

 

「私、自信ない」

「同じく」

 

 俊介の問いには、みどりとあおいが口々に返答した。

 

「……俺もないよ」

 

 それに尚也も続く。台本が配られたのはつい昨日の事だ。既に配役まで決定していて、今回自身が演じる犯人役の台詞量はかなり多い。実際のところ、まだストーリーの半分も理解していなければ、読み込みも甘い。それでも、今日から本腰を入れて練習すると言われた以上は、もう少しだけでも目を通す必要があった。

 

 ――本当に、……難しい。

 

 現在、尚也の同期である二年生全員と、先からずっと口を噤みつつも興味津々に台本を読んでいる凌雅の五人がサークル室に集っていた。紙をめくる存外心地の良い音が連続的に重なり、サークル室の外を通りかかる学生たちの賑やかな話し声が静かな部屋に響く。

 そして、それから暫く。

 

「もう疲れた! やめやめ、世間話でもしようよ」

 

 俊介は指の中でくるくると回していたペンを机に叩きつけ、大きな声を出す。

 

「えぇ……?」

 

 みどりが困惑したように翡翠色の瞳を揺らすものの、俊介はおかまいなしのようだ。台本を勢いよく閉じて、大きく伸びをしながら言葉を続けていく。

 

「皆はさ、聞いた? ――深夜二時の図書館。そこには幽霊が出るらしい、ってうわさ」

 

 まさしく、つい数十分前に電車の中で、ふたり。交わした会話で飛び出した“うわさ ”で間違いない。尚也の隣に腰かけた凌雅がわずかに反応するが、机の下で制止する。

 

「今日、どの講義でもその噂で持ちきりだったよ。ね、あおい」

「うん。食堂でも、皆この噂話をしてたよね」

「やっぱり? 不思議だよねぇ。深夜二時の図書館に出る幽霊か……」

 

 人が多く集まる大学では、時々こういった興味を引くような噂話が闊歩する。

 

 現に、たった一限しか受けていない凌雅ですらこの噂を仕入れている。そのうえ、この場にいる俊介、みどり、あおいの三人もそこかしこで耳にしたというのであれば、広く知れ渡っているのだろう。

 

「……ユーレイ、ねぇ」

 

 電車の中から只管、この「幽霊」という単語に引っかかっていた。音も無く現れる美しい女性、それが、幽霊。真相を知るには、今晩にでも現場を監視した方が良いだろうか。

 

「そういや尚也は、物の怪の類は信じてないんだっけ」

「ん、まあ、……うん」

「なんでよ?」

「うーん、なんとなく」

 

 拾われると思っていなかった独り言を拾った俊介は、不思議なモノを見るかのように首を傾げた。

 

 ――そう、言われてもな。この噂は、妙に引っかかる。

 

 幽霊だとか、そういうものではない。どこか粗雑で恣意的な、隠された悪意がわざとらしく散りばめられているような、妙な雰囲気。どうにも途切れた返事を繰り返す尚也に飽きたのか、俊介は凌雅へ視線を向けた。

 

「凌雅くんは?」

「……はい! 俺は、どちらかというと信じています」

 

 ぼんやりしていた凌雅は、はっとした後に返事をした。そして悩むことなく確りと言葉を紡ぐ。

 

 ――へぇ。

 

 見た目通り、パワーに頼る凌雅の事だ。そういった類に興味は無いと思っていたものだが、どうやら考えていたウソのひとつらしい。尚也が横目で凌雅を見やると、視線だけでこちらを見た彼は、「任せて」とでも言うかのように口角を上げた。

 

「俺、幽霊系のアニメも好きなんです」

 

 と、続けて、場は再び別の方向へと盛り上がっていく。あのアニメが面白いとか、それが好きならこの作品もオススメだとか。もうすっかり、凌雅も暁の光景に馴染んでいる。話の中心に溶け込んで、随分と楽しそうに笑っていた。

 

 ――まあ、今はいっか。

 

 尚也は開いていた台本を閉じて、皆の会話へ耳を傾ける態勢を取った。


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