第99話
ナターシャさんたちの部屋を出た私は、自分の部屋に戻るとベッドに座って、壁を見つめた。――ノアくんのことを心配する気持ちと同時に、もう1つの気持ちが沸き上がってくる。
……お母さんとお父さんが心配して迎えに来てくれるの……羨ましいな……。
ぶんぶんと首を振っても、その考えは頭に張り付いて離れない。
今まで両親のことについて、あまり深く考えを巡らせたことはなかった。
大司教様に『お前の親はお前を育てられないからと神殿に置いて行った』と何回も聞かされて、寂しいな――と思うことはあったけど、親子っていうのはどういうものなのか、文字を教えてもらうときに大司教様に読んでもらった、光の女神様のお話の中でしか読んだことがなかったから、よくわからなかった。
国王様の息子が王太子のエイダン様だとか――そういう血のつながりとしての親子っていうのはわかるけど――そうじゃなくて、関係性としての親子っていうか――、親が子どもをどう思って、子どもが親をどう思ってるとか、そういうイメージっていうのは今まで全然なかった。
だけど――、ノアくんを心配する様子のナターシャさんとテオドールさんを見て、私は――、ノアくんが羨ましいなと思ってしまった。
前に、ナターシャさんは私が『売られて』、大司教様が私を『買った』んじゃないかって言ってたけど――、置いて行ったにしろどっちにしろ、私のお父さんとお母さんは――どういう気持ちで私を手放したんだろうか。
私は「うーん」と唸って立ち上がった。何だかもやもやして眠れそうになかったので、壁にかけたローブを羽織ると、部屋を出て宿屋の食堂に向かった。
宿屋の一階の食堂は夜だけど結構賑わっていて、近くの農家さんっぽい人や、行商さんっぽい人たちがそれぞれテーブルを囲んでわいわい酒盛りをしていた。
――食堂って夜はこんな感じの酒場になるなんですね。
西端の街でも神殿と同じように夕食を食べたらすぐに寝て、日が昇る前に起きる生活をしていたので、実は酒場になった夜の食堂に来るのは初めてだった。ステファンとライガに酒場や夜の街には行くなって言われてたし。
私は少しドキドキしながら、店に足を踏み入れようとした。
その時、近くを通った店員のお姉さんが私に気付いて足を止めた。
「――お嬢ちゃん? ――1人?」
あぁ……また子ども扱い……。
私はため息交じりに頷いた。
「お父さんか――、お母さんか、誰かいないの?」
今のタイミングで聞かれると嫌な質問だった。私は首を横に振った。
「いません」
「そう――困ったわね。一人じゃお店に入れられないわ。夜だし――お部屋に帰りなさい?」
私はため息をつくと、首にかけた冒険者証を外して見せた。
それを見て、店員さんは目を丸くする。
「あら、ごめんなさい。16歳なのね」
世間的には種族問わず16歳で大人扱いみたいです。
「いいえ。どこか席空いてます?」
店員さんはカウンターの方を指差した。私はそっちへ歩いて行くと椅子に腰かけようとして、動きを止めた。
……椅子が……高いんですが……。
カウンター自体が首の高さなので、それに合わせた高さの椅子はすごく高く感じる。
背もたれがない椅子を引いて、カウンターと隣の椅子に手をかけて、よいしょと身体を持ち上げて座ろうとしたところ、ぐらっと身体が傾いた。
「わっ」
ガタンと椅子のひっくり返る音がして、天井が見えて思わず声を上げる。
このまま落ちる――と思ったところで身体が上に浮いた。
「――何してるんだ?」
上から声がして顔を上げると、人間姿のライガが私の両腕を持っていた。
ぶらりと身体が宙に浮いている。
すとんと床に下ろされて、私はため息をついてから、ライガに「ありがとう」とお礼を言った。
本当に恰好悪い。




