第98話
私たちはいったん宿屋に戻ると、荷物をまとめた。
「王都までは馬車で飛ばせば2日ちょっとかな」
ステファンは言いながら、宿屋の馬小屋からクロを引っ張り出した。
荷物を背負って冒険者ギルドの前に戻ると、馬車が1台待機していた。テオドールさんが御者台から「すみません」と手を振る。笑っていたけど、困ったような曇った笑顔だった。
馬車にはナターシャさんが既に乗っていた。私はその隣に乗り込みながら聞いた。
「子どもたちはどうしたんですか?」
「シスターがうちに泊まってくれると言ってくれたので――お願いしてきました」
ステファンはクロの背に乗って、ライガは狼の姿になって出発の準備をする。
「もう行くのか」
ギルドからエイダン様が出てきて、私たちを見つけて近づいてきた。後ろにはソーニャとジャンさんがいる。
「僕ならこいつらとパーティーを組んだから、安心して行ってくれ。お前たちに比べると残念なレベルだが――僕なら何とかなるだろう」
エイダン様はソーニャたちを指差して私たちに言った。
ノアくんが心配でエイダン様のこと……忘れてたけど、ソーニャたちとパーティが組めたなら良かった……。
「――せっかく仲間に入れてあげたのに、さんざんな言い草ね」
ソーニャが腕を組んでエイダン様を睨んだ。ジャンさんがまぁまぁと彼女をなだめる。
エイダン様とソーニャは……何となく相性が悪い気がしますけど……。
馬車の窓からその様子を見ていたら、クロに乗ったステファンと目が合った。
ステファンも同じことを思っているのか、少し肩を上げて苦笑して、ソーニャに笑いかけた。
「エイダン、やる気はあるから――、よろしくね、ソーニャ、ジャン」
はぁ、と大きく息を吐いたソーニャが私たちに手を振る。
「任せておいて。こっちは大丈夫よ。気をつけてね」
「それじゃあ、出発しますね」
テオドールさんは馬の手綱を握ると、馬車を出発させた。
***
その日の夜は街道沿いの宿屋に泊まった。食事を簡単に済ませてから、私たちはナターシャさんとテオドールさんの部屋に行った。
ナターシャさんが早口で説明する。
「――闘技会はだいたい、街から離れた郊外で開かれる。王都に着いたら場所を探すから、場所がわかったら会場に乗り込む。場所を探す当てはある」
「乗り込むって――その――闘技会の会場にってことですか? ――ノアを助けるだけじゃなく?」
ステファンが身を乗り出した。「ああ」とナターシャさんとテオドールさんは顔を見合わせた。
「ノアの連れてかれた場所を見つけるより、会場を見つける方が簡単だし――、あいつを助けるのはもちろんだけど、あの子を攫った――首謀者全員、捕まえたい。放置すると、また同じことをするから」
「――ノアは、大丈夫なのかよ?」
ナターシャさんは視線を落とした。
「あの子は、大丈夫だと思う。闘技会までは見世物は殺されることはないよ。飯ももらえるし。素人の活きがいい獣人を極限状態で戦わせてみて、どういう反応するか楽しむもんだからさ。――素人が勢いで勝つ場合もあるしね。会場入りして、止めるよ。試合中の乱入はOKでね。代わりに相手と戦えば良い。たまに家族が取り戻しにくることもあって――、それもまた見世物の一つだ」
「――詳しいですね」
ステファンがじっとナターシャさんを見る。
「――出身だからね」
ナターシャさんは苦笑した。
「アタシも16まで闘技会にいたからさ。スリとかして暮らしてたら、10かそれくらいのとき、やっぱり袋詰めされて――気がついたら大人の獣人相手に戦えってね。――もちろん、相手は倒してやったけど」
「ナターシャは、とても強かったんです」
テオドールさんが感慨深そうに呟いた。
「――だから、大体勝手はわかるよ。要はノアが出されたら、止めて、代わりに相手を倒せば良い。――で、そのまま勝ち進んで、最後まで行けば主催が出てくるから、そいつを特定して捕まえたい。出場資格は獣人で肉弾戦のみで戦うこと。アタシとライガで行けるだろ。獣人限定だけど、狼男もOKだ」
テオドールさんは私の肩をぽん、と叩いた。
「――主催者が出てきたところで、会場全体に鎮静化の祈りをお願いします。レイラの力なら、一瞬全員無気力状態にできると思いますので――、そこを押さえます。王都の冒険者ギルドにも相談して応援を準備させますので」
私は背筋をピンと伸ばした。
……責任が……思っていたよりも重大でした……。




