第97話
ナターシャさん、どうしたんだろう……。
いつもと違う、切羽詰まったような彼女の雰囲気に首を傾げつつ、ライガとステファンに続いて奥の部屋に入る。
部屋の中では眉間に皺を寄せた厳しい表情のリルさんが机の上の水晶玉を見つめている。
「ナターシャ、どうしたんだ?」
ライガがナターシャさんに聞いた。彼女は腕を組んで天井を仰いでから、重たい声で呟いた。
「端的に言うと――ノアが行方不明だ」
「「ノアが?」」
「ノアくんが?」
私たち3人の声が重なる。ノアくんは修行先の大工の親方さんに連れられてしばらく前から王都に宮殿修理の仕事に行っているはずだ。
「王都の魔法使いギルド経由で親方から連絡があって――親方の話だと、あの子がスリした獣人の子どもを追いかけてる最中に、その子どもが大人の獣人2人に襲われて袋詰めにされたところを助けて、それから行方不明だって話だ。あいつが助けたスリの子が親方のところに駆け込んだって」
ナターシャさんはもう一度天井を見つめる。
「情報量が多すぎてどっから突っ込めばいいやら。――あんだけ、厄介なことに関わるなって言っておいたのに」
ステファンが慌てた声を出した。
「――袋詰めって――、獣人売買の奴らに捕まったってことですか?」
「――いや、たぶん、襲ったのも大人の獣人ってことだし――、単純な売買じゃなくて――獣人を使った闘技会用の方の可能性が高いと思う。最近は売買はそんなにないし。あの子、わりと大きい男の子だし、よくいる豹族だから、わざわざ捕まえてまで売る理由もないと思うし」
「闘技会――って何ですか?」
私が聞くと、ナターシャさんは早口で説明した。
「獣人同士が戦って金を賭ける集まりがあってね。違法かどうかといえば――グレーゾーンなんだ。参加する獣人も戦うのが好きで自分から参加してる奴も多い。獣人自体が主催者だったりしてね。――だけど、見世物にするのにね、攫ってきた奴を戦わせることがある。攫うのは、親が探さない、身寄りのない子ども――それもスリしてたりとか、悪いことに足つっこんでる子どもが多い。不良獣人のスカウトの場みたいなところもあって」
スリの子どもを助けようとして、捕まった……、っていう状況にも当てはまりますね。
ナターシャさんはそれからまた、天井を見つめた。
「親方が王都の冒険者ギルドに事の次第を伝えて、『行方を捜してくれ』って依頼を出してくれて――行方不明になったのはアタシの息子だって騒いでくれたおかげで――、こちらにさっき、王都の魔術師ギルドのサミュエルを通して水晶で連絡くれたんだ」
前にステファンに聞いた話だと、冒険者ギルドには上部組織にあたる魔術師ギルドの魔法使いと連絡用の水晶玉が置いてあるみたい。
連絡用の水晶玉には、魔力を与えると対になっている水晶と繋がって話せる魔法が付与されてるそうだ。
「――依頼を出してるから、王都のギルドでも探してくれると思うけどね。話を聞いた感じ、獣人の子どもが他に何人か行方不明になってそうなのに把握してないし――、ノアがいなくなったからようやく問題にしたって感じで――、任せておけなくて。自分で動いた方が早い」
ナターシャさんは私たちの顔を見まわした。
「――自分の子どものことだ。アタシとテオが直接行く。だけど――、アンタたちに力を借りたい。後で金はちゃんと渡すからさ」
「水くせぇな。ノアのことならいくらでも協力するぜ」
ライガに続いて私とステファンも大きく頷いた。
「ありがとう、助かるよ」
ナターシャさんの表情がふっと緩んだ。
「留守中、こっちのことは私たちでやっておきますから、気にしないでね」
リルさんがナターシャさんに笑いかける。
「アタシはちょっと教会に戻って、テオと相談してくるから、アンタたちは――荷物をまとめといてくれるかい? できるだけ早く出たいんだ。商会に相談して馬車借りてくる」
「ノアの居場所――当ては、あるんですか?」
ステファンが聞くと、ナターシャさんは「ああ」と頷いた。
「探し方の目途は立ってる。行きながら話すよ」
そう言って、ナターシャさんはドアを飛び出して行った。




