第96話
「今日はどいつの退治に行ってやろうか」
冒険者ギルドで依頼の貼られた掲示板を、エイダン様は腕を組んでじろりと睨んでる。
「――どれでも、好きなの選んでいいよ」
横でステファンが椅子に腰かけたまま呟いた。
ここしばらく――私たちはエイダン様と一緒に魔物退治に出ています。
「――そうだ、ステファン。これ、写し終わったぞ」
エイダン様は荷物の中から、この前ステファンが渡した魔物ノートを出してテーブルに置いた。
「――もう?」
ステファンが目を丸くする。私はテーブルの上のノートをぱらぱらめくった。分厚くて、絵や図や書き込みがたくさんある。
「この通りだ」
エイダン様は、もう一冊真新しいノートを出した。ステファンのノートと同じ内容がびっしき書き込まれている。
「――仕事速いね」
ステファンは少し驚いたみたいに呟いた。
私はステファンのノートのページを次から次にめくった。
見たことない魔物の絵や説明が書いてあって、見てるとわくわくしてくる。
……全部読みたいなぁ。
「ステファン、次、私にこれ貸して?」
そう言うと、ステファンはびっくりした顔をして止まった。
「……読みたい?」
「はい! 面白いですもん」
ステファンは頭を掻くと、呟いた。
「――いいよ。――飽きたら返してくれれば」
「――しかし、これは他の者の参考になるんじゃないか? こういったもの――、魔物の図鑑のようなものは――あるのか?」
「魔法使いがまとめた魔物の図鑑はあるけどね。一般に読まれるようなものは見たことないかな」
ステファンが肩を持ち上げると、エイダン様は「そうなのか」と残念そうに呟いてステファンを見た。
「――これをまとめて、本にでもすればいいのに」
「――本? はは、それは言いすぎだよ。僕のなんかただの落書き――」
「おう、エイダン――お前、いい思いつきするじゃん」
カウンターでサムと話していたライガが会話を聞きつけて振り返る。
今日は受付のところにリルさんがいなくて、サムさんとすっかりギルドに馴染んだテムズさんが座っていた。
「――いいじゃん。ステファン、お前、いつだったか本を書きたいみたいなこと言ってなかったか?」
「そうなの!?」
私はノートから身を起こすとステファンを見た。
本を書くなんてすごすぎません?
神殿では――大司教様やシスターが光の女神様のお話の本を読みながら字を教えてくれたけれど、私はそれ以外の本らしい本というのを読んだことがなかった。
みんなの視線を受けてステファンは気まずそうに視線を伏せてから、ライガを小突いた。
「――そんなこといつ言ったっけ? 覚えてないよ」
「いや、言ってた」
「覚えてないな」
――その時、バタンっと勢いよくカウンター奥の扉が開いて、ナターシャさんが飛び出してきた。部屋にいた私たちや他の冒険者も、カウンターの中のサムさんもテムズさんも会話をピタリと止めてナターシャさんを見る。――それくらい、彼女は殺気立っていた。
ぎろり、と視線を泳がせて、ナターシャさんはライガを見た。
「ライガ」
名前を呼ばれてライガは珍しく背筋をピンっと伸ばして「はい」と答えた。
「――ちょっと奥に。ステファン――、レイラも。エイダン、今日は依頼受けるなら、別の奴と組んで。サム、適当に経験者紹介してあげて」
早口で指示を出すと、ナターシャさんは私たちに奥の部屋へ来るよう、手招きをした。




