第90話
私はしゃがみ込むと、もともとスライムだった水たまりを覗き込んだ。
さっきまでぐにゃぐしゃ動いてたのがただの水になっちゃった……。
不思議……。
そう思って、ふと顔を上げたら河辺から他のスライムがうにょうにょこちらに向かってくるのが見えた。
「うわぁ……たくさん出てきた……」
呟くとステファンがそっちを見て笑った。
「ちょっと騒いだから気配を嗅ぎつけて出てきちゃったかな。ちょっと後ろに退がろうか」
私たちはいったん日当たりの良い焚火の方へ移動した。
「思ったよりもたくさんいそうだなぁ――ちょっと、実験してみようか」
ステファンは呟くとリュックからお昼用に持ってきた干し肉とトマトを出した。
それから、その両方を川辺から出てきたスライムたちの方へ放った。
透明なぶよぶよたちは一斉に干し肉の方へ群がった。
「――こういう風に魔物は野菜より、肉を好む」
干し肉に群がった3匹のスライムは、ごっちゃになって肉を透明な身体の中に取り込んだ。そして、そのまま大きな一つの塊になって私たちの方へずるずると向かってきた。
エイダン様が顔をしかめた。
「こいつら1つになったぞっ!? 気持ち悪い……っ」
「そう、小鬼が鬼になるって話しただろ。魔物は変化が早いんだ。だから放置すると大変で――スライムも小さいとそんなに問題にならないけど、放っておくと大きいスライム――キング・スライムになったりする」
キング・スライムってどのくらい大きいんだろう……。
私はじーっと3匹が1匹になって大きな塊になったスライムを見つめた。
透明な身体の中に干し肉が見えた。
「スライムは食べたものをゆっくり溶かして食べるから、食べたものは中にしばらく残ってるよ」
剣でスライムの中心を地面に突き刺しながらステファンが説明してくれる。
「そうなんですか! 中が見えて、不思議ですね……」
私が感心して頷くと、ステファンは嬉しそうに早口で説明を続けてくれた。
「ちなみに口とか傷口から体内に入られると中から溶かされるけど、すぐ処置すれば大丈夫だからね」
「――大丈夫なのか、それは。本当に気味が悪いな――」
エイダン様は露骨に嫌な顔をして身震いした。
――うん。気持ち悪い話だなぁ……。
「この前退治に行った石化蛇もそうだけど、魔物は獲物をすぐに殺さない場合が多い。奴らは、ゆっくり、じっくり獲物を苦しめて殺すんだ」
エイダン様が表情を歪めた。
「なぜそんなことを――?」
「獲物の魔力を喰らうためだって言われてるね。魔力っていうのは感情とリンクしていて――、怒ったり悲しんだり感情が昂ぶると身体から発せられる魔力が大きくなる。前に石化蛇に石化された人が、石になってる間意識あったって言ってたよな。石になっても痛覚なんかそのままあるらしいよ。完全に意識がない状態にしちゃうと、魔力の変動がなくなっちゃうから、だから意識が残るように石化してるって話なんだよな」
話を振られたライガが頷いた。
「あぁ、絶対嫌だよな。石になってじっくり食べられるの」
「石化蛇は少しずつ、石化した獲物の表面を削って食べるんだよね。石化蛇の舌は、ザラザラしてやすりみたいなんだ。それで石の表面を……」
うわぁ、想像するだけでぞわぞわしてくる。
——そこで、ライガが口を挟んだ。
「待て待てステファン、何の話がしたいんだ? ——エイダンが気持ち悪そうにしてるぜ」
エイダン様が青い顔をしている。
……ライガって、結構他の人のことよく見てるよね。
「――醜悪な生物だな。魔物というのは」
「こいつ、ちょっとこういう魔法使いっぽいキモい話好きなんだよ」
ライガが呆れ顔で言った。
魔法使い……ぽいかな?
「――そんな言い方しなくたって、いいじゃないか。悪かったよ」
あ、ステファンが拗ねてる。
「いや、話としては興味深い。すまんな」
何だか微妙な空気になったので、口をはさんだ。
「――それで、スライムもじっくり生き物を食べるんですね」
ステファンは松明の火を大きくなったスライムに近づけながら話した。
「そう――で、何が言いたいかっていうと、生きてる餌を使った方がたくさん集められるってことだった」
じゅじゅっと音を立ててスライムはまた水たまりになった。
***
ステファンとライガがざくざくと川辺に穴を掘っている。
魔法草を獲った時みたいに、鶏で誘き寄せて穴にスライムを溜めるんだそうだ。私とエイダン様は二人が穴を掘ってる間、水辺からこちらに近づいてくるスライムを見つけたら松明の火で溶かす役割を割り当てられた。
「エイダン様――、そっち行きましたよー」
「畜生! こいつ! 待て、こら!」
エイダン様がうにうに逃げるスライムを松明片手に追いかける。
私の近くにも一匹来たので松明の火を近づけると、うににっと横に逃げた。
……面白い……。
私は松明の火をすれすれに近づけて、逃げるスライムを追いかけた。
こうやって逃げる姿を見てると可愛いかもしれない……。
そうしてたら、後ろからべちゃりと、何かが腕に張り付く音がした。
え……何っ!?
視線を泳がすと、腕から顔の方に向かって透明な塊が迫ってきていた。
スライムを追いかけて遊んでたら、後ろから別のスライムが飛び掛かってきていたんだ。
『中から溶かされる』
ステファンの言葉を思い出して頭が真っ白になった。
絶対、嫌……!
ぼうっ!
その途端、目の前で飛び掛かってきたスライムが燃え上がった。
「……えっ?」
燃えたスライムは空中で水滴になり、カランっと核だけが地面に転がった。
私は自分の手を見つめる。
……この前、大司教様からもらった水晶玉を宿屋の部屋で燃やしたのと同じ……?
「レイラ! 大丈夫か!?」
ステファンとライガがスコップを担いだまま駆けつけた。
「ぜんぜん、ぜんぜん大丈夫ですっ」
私はぶんぶん頭を振って遠ざかった。
「……松明で焼いたの?」
ステファンが地面に転がったスライムの核を拾い上げて首を傾げた。
「そう、そう。びっくりしましたっ、急に飛び掛かってくるんだもん……」
「そうか……。良かった、何もなくて。悪いな、目を離してて」
ライガがぽりぽりと毛を掻いた。
「でも、完成したぜ!」
どうだ、とライガが手で指したところには、真ん中だけ残して周りを丸く掘った、お城のお堀みたいなものがあった。




