第88話(ステファン視点)
「僕が……Fランク……?」
数日後、治療院を退院したキアーラの元王子――エイダンは冒険者ギルドで渡された鉄版の冒険者証を見て眉根を寄せて呟いた。
「初めはみんなそこからなんですよ」
レイラが脇からフォローを入れる。
エイダンはそれでもその不満そうな顔で冒険者証をしばらくじーっと見てから、僕たちを振り返って、力強く言った。
「では、行くぞ」
僕は苦笑しながら頷いた。
――何だかなぁ。武器や防具一式も僕のを貸してやってるんだけど……。
謝罪はしたとはいえ、レイラを独断で国外追放しておいて――色々とこいつは虫が良すぎるんじゃないか、と思う。僕らが住む場所を紹介してやって、仕事道具の準備やらガイドまでしてやる義理はない。
僕は受付でリルと話しているレイラを見つめた。
まぁ、でも当人が気にしてないようだから――良いのか。
それに彼らがレイラを国外追放しなきゃ、彼女は今でもキアーラの大神殿にいたかもしれないのだから。
――外にはたくさんの色々なものがあるって知らずに。
「エイダン様、行ってらっしゃい……。お怪我しないでくださいね……」
見送りにきたハンナが仰々しく潤んだ目元を指で拭ってエイダンの手を握って言った。
……よく出る基本的な魔物の――スライム退治に行くだけなんだけど……。
僕はまた苦笑して、いつものライガとレイラにエイダンを加え、冒険者ギルドを出発した。
***
スライムが大量に出てるという沢の方へ向かって僕らはてくてくと歩いて向かう。
ここ数日雨が続いていたので、しばらくぶりの晴れた朝の空気は爽やかだ。
手に持った鳥籠の中で鶏が朝の鳴き声を上げて羽をバサバサしたので、白い羽が舞った。
「それは――何に使うんだ?」
エイダンが物珍し気に鳥籠を覗き込んだ。
「餌に使うつもりだよ」
「ステファン、鶏を魔物の餌にするの好きだよな。この前も使ってたし」
「別に好きってわけじゃないよ。よく騒いで魔物を集めてくれるから都合が良いだけで」
「なるほど……」
エイダンは何度か頷くと立ち止まって『よく騒いで魔物を集める』『よく騒いで魔物を集める』と僕が言ったことを繰り返した。
「――どうしたんですか?」
「いや――、忘れないように、覚えておかなくては」
僕たちは顔を見合わせた。
エイダンがこの前言っていた言葉を思い出す。
『今後のためにも――、魔物に対する対処方法を知らねばならない』
――本当にやる気はあるんだなぁ、こいつ……。
「僕は、この前初めて魔物というのを見たんだが、あれは何なんだ?」
山道を登りながらエイダンが問いかける。
「魔物は――正しくは魔法動物もしくは、魔法植物の略だね。普通の動物や植物との違いは精霊の魔力の影響を受けているかどうか……、精霊の魔力を変に取り込んで、体内の魔力バランスがおかしくなってるのが魔物だ。魔力がおかしくなってるせいで、攻撃的で、他の生き物の魔力を求めて――特に人間を好んで襲ってくるのが多い」
魔法草みたいに気絶させるだけで直接襲ってくるわけじゃないタイプもいるけど。
「そうだったんですか!」
レイラが興味を持ったように会話に入ってくる。
そっか。レイラにこういう話はしたことなかったっけ。
「キアーラの村で小鬼の群れと戦ったんだが――、どうも一体、農夫を喰ったらしい小鬼が他と違って――、体も大きかったし、他の小鬼を指揮していた。あれは何だ?」
「魔物は、他の動物の魔力を取り込むと変化――進化って言った方がいいかな――するのが多いんだ。特に人を喰うと、頭が良くなって道具を使い出したり厄介なんだよね……小鬼は特に変化が大きくて――、たくさん人を喰った小鬼は、鬼になる。鬼になると、言葉を喋ったり―――、小鬼を軍隊みたいに組織し出したりするらしいよ。そこまでになったのは、僕らは見たことないけど――、そうなると冒険者どころじゃなくて、国で軍隊を出して戦争みたいになる」
現在はいろいろな国に魔術師ギルドや冒険者ギルドができて、魔物をこまめに退治しているから、鬼の軍勢が街や村を襲ったなんていう話は滅多に聞かない。
だけど、僕が生まれる前はまだそんなに魔物退治が各地で体系的に行われていたわけじゃないから、時々、進化した魔物が村を滅ぼすようなことが時折あったらしい。
僕の故郷は、エルフの住む森も近く、精霊力が強い場所で、この辺りより格段に強い魔物が発生する。鬼もこっちの方で見かけることはほとんどないけど、実家の方は普通に出る。僕の生まれる何年か前には、増えた鬼の軍勢に襲われて一帯が魔物に支配されたそうだ。国は軍隊を出して対抗したものの、かなり苦戦し指揮官もやられたらしい。そんなボロボロになった軍隊を率いて、魔物を退治して土地を取り戻したのが父さんだった。その結果――元一兵卒が爵位をもらって今ではその土地の領主だ。鬼神のような戦いっぷりだったと語り草で、『鬼殺し』の異名まである。
僕は父親を思い出して内心ため息をついた。
――僕には到底、そんなことはできないな……。




