第86話
治療院はテオドールさんの教会のすぐ近くにある。お医者さんや回復魔法を専門に使う治療師さんや薬師さんがいて、怪我や病気の人の治療をしてくれる場所だ。
結構大きな建物で、治療が長引く場合は入院することになる。一角兎に全身を噛まれて大怪我をしたソーニャの仲間のジャンさんは数日間入院してた。
エイダン様を連れて行ったら、出てきた治療師さんは「腕を見てほしい」というエイダン様を見て困ったような顔をした。
「――夜間なので――、お急ぎでなければ、朝来てくださいね」
「さっきまで、さっきまで、死にそうだったんですっ!」
ハンナ様が泣きながら治療師さんに縋る。
「私、神官でして――、一応、お祈りで痛みの緩和はしてるんですが――」
私が言葉を添えると、治療師さんは「やれやれ」と言った風にエイダン様の腕をとって、顔を近づけてから、表情を変えたて、焦ったようにまくしたてた。
「よくこの傷でそんな平気な顔してますね!? しかも、何日か放置してますね!? まずいですよ、早く処置しないと! 腕なくなりますよ!!!!」
奥からバタバタと他の治療師さんも出てきて、エイダン様はあっという間に奥に運ばれて、ベッドに寝かされてしまった。
「治療費用、それなりにかかりますがよろしいですか?」
治療師さんが私とハンナ様を振り返る。ハンナ様は「ちりょうひ……」と呆然と呟いて、泥だらけの手をじっと見つめた。そのとき祈りの効果が切れたのか、エイダン様の顔色が急に悪くなって「っ、う、が」と声にならない声を上げ始めた。
「レイラ――」
ハンナ様は真っ白になった顔で私を見つめて、名前を呟いてからしゃがみ込んだ。――それからホッブズさんのお屋敷でエイダン様がしたように、床に手をついて頭を下げた。
「お願いします、お金、貸してください――。いろいろ迷惑かけて本当にごめんなさい。エイダン様が死んじゃう―――」
治療師さんたちが、何事かとびっくりしたように目を大きくして私とハンナ様を交互に見る。
私は恥ずかしくて顔が熱くなった。
ちょっと、これじゃあ、私が何かこの二人にしたみたいじゃないですか……。
「最初からそのつもりですから!!! ――頭上げてください!!」
私は治療師さんたちに「お願いします」と頭を下げた。
ハンナ様もところどころ傷があるし、衰弱しているというので二人とも治療院に預けて私は宿屋に戻った。
***
――翌日、私はナターシャさんと、ステファン・ライガと一緒に治療院を訪れた。
エイダン様はベッドに寝かされてて、ハンナ様はその横に腰掛けている。二人とも他の入院中の人と同じ白いワンピースみたいなパジャマを着せられていた。
私たちが行くと、二人は顔を見合わせてから頭を下げた。
何も言ってないのに泣きそうになってもごもご言ってるハンナ様の背中を撫でて、エイダン様が口を開いた。
「――昨日は、助かった――。何と礼を言えばいいのか――わからないが――ありがとう」
みんなの視線が私に集まってる気がして、私は言うべき言葉を探した。
「いえ、とにかくお二人ともご無事で良かったです」
後ろからライガが二人の顔を見まわして付け加えてくれる。
「――お前らの治療費はレイラが立て替えてるからな、ちゃんと払えよ」
……そうですね。言いにくかったけど、結構高くて……今まで貯めていた分のお金が減っちゃたので、そこはきちんと言わないといけなかった。ステファンが出してくれるとは言ってくれたんですけどね。私の関係の問題ですし、自分で払いました。ライガ、代わりに言ってくれてありがと。
「――もちろんだ」
エイダン様は再度頭を下げた。ハンナ様はもう、また泣いてぐちゃぐちゃになった顔をちょこんと下げた。何でそんなに泣いてるんですか。――ああ、もう、この人たちいつまでこうやって頭下げてくるんだろう……。
「もう、もういいですから、本当に。今後私に頭を下げないでください」
ハンナ様はずびずびと鼻をすする。
「……いいの……? だって、だって私、嘘ついて、貴女を追い出して、それで魔物たくさん出ちゃって、みんな怒って、屋敷に大司教様たちが入ってきて連れて行かれそうになってもお父様もお母様も止めないし、あの人たち、私のこと腕がちぎれそうなくらい引っ張って地下の牢屋に押し込んで、お腹減っても何もくれないし、エイダン様が来て、貴女に謝罪に行けば外には出してやるって言われてようやく外に出してもらえたら手を縛られて、やっぱりお腹減っても何もくれないし、挙句の果てに夜の屋外に放り出されて、狼が襲ってきて怖かった……っ。ああ、でもエイダン様は私に先に逃げろって言ってくれて、1人で狼に立ち向かって行かれて頼もしいなって思って……。でも、そこから街までずっと遠くて、歩きどおしで、ほとんど寝た気もしなくて、だんだんエイダン様の顔色は悪くなるし、馬車の人たち私たちに気付かず無視して行っちゃうから、歩くしかなくて。ようやく街の門に辿り着いても身分証出せって言われて、そんなもの持ってないし……、どうしたらいいのかわからなくなって、貴女の名前を出してしまったのに……」
たくさんお話されるので、後半内容があんまり頭に入ってこなかったけど、大体お二人に何があったのかはわかりました。
「いいですよ、もう」
私は笑顔を作ってから、語調を強めて言った。
……そして、私は初めて人に対して「面倒くさい」って思った……。
これも、初めて感じる気持ちですね……。
「で」
ナターシャさんが「本題に入る」というように口を開く。
「アンタたち、これからどうするの? 身体治ったら、この街から出て行く? それによってアタシも領主様に伝えなきゃいけない」
「――このまま、この街に滞在させてもらいたい、と思っている」
エイダン様はそう答えて私たちを見回した。




