第8話
竜の卵……?
私はその大きな白い塊を見つめた。
大きい卵……何人分の卵焼きができるんだろう……。
神殿ではお肉は食べちゃダメだったけど、体調悪くて寝込んだときだけは卵を食べさせてもらえた。
それがとっても美味しくて、食べたかったから、わざと風邪をひこうと思って、窓を開けっぱなしで寝たこともある。
――って、そんなことじゃなくて。
「ご主人? 竜の卵の売買は魔物取引法で禁止されてるって、当然ご存じですよね」
私が卵に思いを馳せている間に、ステファンさんが剣を抜いて剣先をおじさんに突き付けてた。
「わ、私はただ運ぶように言われただけだっ……」
そうなんだ……。
竜の卵って売ったり買ったりしちゃいけないんだ……。
私は外のことを何にも知らないんだなと恥ずかしくなった。
売り買いしちゃいけないってことは食べてもダメなのかな?
おじさんは急に立ち上がって逃げ出そうと駆け出した。
ステファンさんはそこに足をひっかけて転ばすと、どこからかロープを出して倒れたおじさんの両手を後ろ手に縛った。
「違反行為でギルドに引き渡します」
「卵を追いかけてきた……のか?」
ライガが卵を両手で持ったまま、地面に倒れてる竜を見つめて呟いた。
「そうだろうね。火竜がこんなところに急に現れたのは、それしか考えられないかな」
「卵を返してやれば、山に帰るかな」
ライガは卵を竜の傍に持っていくと、そっとその脇に卵を置いた。
それから、私に聞いた。
「なあ、これ、どれくらいで目覚めるんだ?」
「――わかりません。本物の魔物に使ったのは、初めてですから……」
私は兵士さんに肩を借りて、何とか身体を起こすと、首を振った。
「――はあぁ?」
ライガはまた牙を剥いてぐるるるると唸り声を出した。
うう、その顔怖いんですが……。
「『初めて』に俺たちを巻き込んだのかぁ?」
「だ、だって……」
「だってじゃねえ! うまくいったから良かったものの、そうじゃなきゃ……」
ステファンさんがぽんぽんと狼男の背中を叩く。
「まあ、彼女のおかげで無駄な争いをしなくて済んだなら良かったじゃないか。火だって消してもらったんだし」
「ステファンさん……」
彼はいい人です。
暖かい言葉に胸がじーんとしたところで、地面に倒れこんでた竜が突然、ばっと起き上がった。
「うわ、動いたぁぁぁ」
ライガが大声で叫んでちょっと離れたところにいる私たちの方へ飛びのいた。
すごいジャンプ力。
……感心している場合じゃなかった。
私は祈りの準備に入った。
2度目も効果あるかなあ。
「――待ってください」
ステファンさんが私に制止の形で手を向けます。
グウァァァァァァ
竜は大きく鳴いて、ライガの置いた卵を前足で抱えると、羽ばたいた。
「――飛んでった」
みんなが空を見上げる。
赤い竜はそのまま山の向こうに飛んで行ってしまった。




