第78話
「お、お久しぶりです……」
私は二人の変わり果てた様子に困惑しながら一応、挨拶した。エイダン様はむすっと口をつぐんでいる。隣にいるハンナ様を見ると、彼女は視線を右往左往させてから、エイダン様の後ろに一歩下がって隠れた。
「ほら、謝らんか」
大司教様は二人の背中をずいっと私の方へ押し出した。
「――わかっている!」
エイダン様はきっと大司教様を睨んでから、私に向き直った。
「――レイラ」
私の名前を呼んで、気まずそうに視線を泳がせてから、エイダン様は大きく息を吐いて私をきっと睨むように見つめた。
「――君を勝手に追い出して、申し訳なかった。キアーラに戻ってきてくれ」
それから視線を落として早口になった。
「君がいなくなってから、キアーラの……特に地方の農村に魔物が大量に出始めて……、今、キアーラは大変なことになってしまっている……」
「――え――」
私は言葉を失った。
ちょっと待ってください? 私がいなくなった影響……で、キアーラに魔物が?
「ハンナの言ったことを真に受けて――感情的になって君を追い出して、本当にすまなかった――」
エイダン様は深く頭を下げた。
「お前もだ! ほら!! 謝れ!!!」
大司教様がハンナ様を小突いた。ハンナ様は「ごめんなさぃ」と泣き崩れた。
「――貴女に嫌がらせされたなんて嘘を言って――私……、私、貴女が近くで見たらすごく可愛かったから、このままずっと貴女がキアーラにいたら……、エイダンがそのうち心移りしちゃうんじゃないかって――、思って……」
「ごちゃごちゃ言い訳をしないで、頭を下げろ、頭を!!」
ぐすぐす鼻をすするハンナ様の頭を大司教様がぐっと掴んで下げさせようとする。
――と、その手をエイダン様がはたいた。
「――ハンナに何をするんだ! このジジイ!」
大司教様はふんっと鼻で笑って、エイダン様の顔を覗き込んだ。
「エイダン――、お前自分の立場がわかっているのか?」
「――うるさい。――わかってる!」
エイダン様は大司教様に吐き捨てるように言うともう一度私の方へ向き直った。そして一呼吸のあと床に膝をつくと、そのまま手と頭をぴったりと床につけた。
……ちょ、何してるんですか……。
「この通りだ。本当にすまなかった。ハンナの分も僕が謝るから、許してくれ!! そして、ひとまず、キアーラに戻ってきてくれ」
「えぇえええ、ちょっと、エイダン様、あの、私、気にしてないっていうか、むしろお二人には感謝って言うか……」
私はただあたふたとすることしかできなかった。ぐるぐる回りを見回すとナターシャさんもステファンもライガも呆気にとられた顔をしていて、大司教様はにこにこした笑顔を私に向けていた。
「――ということだから、レイラ、戻ってきなさい」
そこですーっと頭が冷える。
そういえばさっきから、皆「戻って来い」って言ってるよね……。
戻る? キアーラに? またずーっと同じ服で1人で壁に向かってご飯食べて、1日中大聖堂で祈って、寝て起きてを繰り返す生活するの?
「――戻るのは、嫌です」
私は大司教様を見つめて、はっきり言った。
大司教様は顔に浮かべた笑みを消すと、私をじーっと見つめて、語り掛けるように言った。
「お前が出て行って、キアーラの民は皆、魔物に怯え、苦しんでいるんだよ。農村では罪のない農夫が可哀そうに魔物に食べられている。家畜も喰われ田畑は荒らされ、食物に困った母親は、子供に食べ物を与えて自分が死ぬだろう。お前のように、親のない子がたくさん産まれるんだよ」
その言葉ひとつひとつが、耳に嫌らしくこびりついてくる。
「親がいなくなったら残された子供たちはどうするんだ。お前は親に捨てられても私が引き取って育ててやれたが、そんな子供たちをみんな引き取れるわけじゃない。お前は育ててもらった恩を返して、そんな彼らのために祈るべきだろう? お前の祈りには力があったことが、今回証明されたんだ。皆、お前の祈りを求めているよ」
私は「うぅ」と唸った。
大司教様のこの「恩を返すべき」って言い方はずっと嫌だった。私がそれをしないといけないの? でも――そう否定することは、良くないことのような気がして、憚られた。
――だって、そう、私は善くあるべきなんだから。
お父さんもお母さんもいないのは、何で?
きっと私が悪いから、私を置いて行った。
善くないと、きっとまた幻滅されて置いて行かれる――
「ガゥ!!!」
そのとき、呪文のように続く大司教様の言葉を切ったのはライガの吠え声だった。ぱっと振り向くと、さっきまで人間姿だったライガが狼化して、すごい形相で牙を出して吠えるように怒鳴った。
「うるせぇな!」
「狼憑きか? 恐ろしい……」
大司教様は不快そうに眉をひそめた。ライガは意に介さず怒鳴り続ける。
「ごちゃごちゃ、うるせぇんだよ! お前、大司教だろ! 自分でやれよ! 祈り!!!」
ライガの肩を叩いて、ステファンが一歩前に出た。
「――キアーラの国内に魔物が多数発生しているとのこと、大変な思いをされていると思います。僕らは冒険者として日々魔物退治をしていますので、魔物を放置すれば、どれだけの悲劇を生むか、よく分かっているつもりです。ねぇ、所長」
ナターシャさんは腕を組んで、じっと大司教様を見つめた。
「そうだな。魔物で苦労しているのはどこの国も同じだ。そのために、アタシたち――冒険者ギルドがある。――キアーラが冒険者ギルドの協力を必要とするのであれば、隣国だし――、うちのギルドからも力を貸すよ」




