第77話
「大司教様……謝罪……?」
私は首を傾げた。大司教様に謝られるようなこと……ありましたっけ?
「――何でも、キアーラの王子がアンタを追い出したのは、王子の傲慢による誤った行動だったから、正式に謝罪させたいとか何とか――そういう話だそうだ」
「――別に、そんなのいいんですけどねぇ」
私は困ってしまって「うーん」と呟いた。エイダン様たちのおかげで大神殿を出る踏ん切りがついた感じなので、むしろ感謝したいくらいなんだけど……。
「今さら何なんだよ。うさんくせぇ。行かなくていいだろ」
ライガがふんっと鼻を鳴らす。
「アタシもそう思うんだけど、いかんせん領主様からのお呼び出しだからさ、そうもいかなくて……」
ナターシャさんは珍しく眉毛をハの字に下げて、困った顔をしている。
「明日、使いの馬車が来るみたいだから、行って話だけ聞いてもらえる? アタシも同席するから」
「わかりました」
私は頷いた。行けばいいだけなら、全然構わないや。
よく分からないけど、冒険者ギルドと領主様の関係もあるんだろうし。家庭のことで悩んでいるナターシャさんを、私のことで困らせるわけにもいかないですし。
「――僕らも行っても問題ないですか?」
ステファンが聞いた。ナターシャさんは首を縦に振った。
「あぁ、もちろん。あんたたちの同席に文句は言わせないよ」
***
翌朝冒険者ギルドに行くと、ギルドの前に昨日来ていたのと同じ、黒塗りの色んな所に飾りがついた高級そうな馬車が停まっていた。
「わぁ」
私は思わず声を上げて隅から隅までその馬車を眺めた。
今日は久しぶりに大司教様に会うから、外で楽しんで暮らしてますって感じを出すために、持っている服の中で一番お気に入りの青地に水色のリボンがついているワンピースを着て来たけど、こういう馬車に乗るんだったらもっとドレスみたいなのを着てくれば良かったかもしれませんね。
馬も黒い毛がツヤツヤしていて高級そうだ。
私とナターシャさんが馬車に乗って、ステファンはチャイに乗って、ライガは横を走って行くことになった。
馬車に乗るのはキアーラを出て、この街に来た時以来だなぁと窓の外を眺めながら懐かしい気持ちになった。
街を出ていつも魔物退治に行く山の方とは反対側の街道をずっと走って行く。
お昼過ぎくらいに小高い丘の上にある大きなお屋敷についた。
「ようこそ、キアーラの聖女様。私がこの辺り一帯の領主をしています、ホッブズです」
お屋敷の玄関のところで、蝶ネクタイをしたおじさんが私に挨拶をする。
ずいぶん丁寧に挨拶をされて、私は肩身が狭かった。
今はただの宿屋住まいの駆け出し冒険者なんですけど。
「初めまして――あの、『元』ですから――」
「しばらくこちらでお待ちください」
ホッブスさんは私たちを客間に通してくれた。
メイドさんがお茶を入れてくれて、お菓子も出してくれた。ソーニャと行ったカフェが家の中にある感じ……。
これが領主様の家かぁ。ソファの触り心地・座り心地が冒険者ギルドのソファーと全然違う……。ソファーの持ち手のところをさすさす触っていたら、ナターシャさんとホッブズさんが部屋の隅の方で話し込んでいる声が耳に入った。
「ナターシャ……、隣国の重要人物が入国して冒険者として活動してるなんて、私は何も聞いてないよ。そういうことは言ってくれないと困るじゃないか。急にキアーラの大司教が来て、『間違って追放になったうちの聖女が、そちらの冒険者ギルドでお世話になってるみたいでお取次ぎを』なんて言われても、私も困ってしまうよ」
「――すいません。何にも問題がない女の子を勝手に追い出しておいて、勝手に仰々しく領主様を通じて謝罪に来るなんて思わなかったもんだから、アタシの判断で特に報告しませんでした。――レイラはよくやってくれていますよ。この子がみんなの仕事前に祈ってくれるようになってから怪我人は減りましたし、最近はあの二人と一緒に魔物退治にも行ってくれてますし」
「――君たち冒険者ギルドには世話になってるし、君たちの判断に口出しはしたくないが、キアーラと大きい問題になるようなことは避けてくれよ」
……あれ、これって結構大きな問題なの?
私は急に心拍数が大きくなるのを感じた。どうしよう。大司教様に会ったら「いいですよー。外で楽しく暮らしていけてます」ってだけ言おうと思ってたのに、そういうことじゃ――もしかして済まない?
甘いものでも食べて落ち着こうと思ってお菓子に手を伸ばしたら、なかった。そういえばさっき全部食べちゃってた。あわあわと手を空中で右往左往させていたら、さっと目の前にお菓子の乗った小皿が出される。顔を上げるとステファンがお皿を持ってた。
「僕のも食べる?」
「……ありがとう……」
私はクッキーを1枚取ると口に入れた。
「本当に今さら何なんだろうね。とりあえず話聞いて『そうですか』で帰ればいいよ」
ステファンが笑って言ってくれるのでちょっと気が楽になった。
そうですよね。とりあえず話を聞いて、挨拶だけすれば良いですよね。
そうしてたら、ホッブズさんのところに使用人の人が来て、何か耳打ちした。
ホッブズさんは頷くと、私たちのところへ来た。
「お待たせしました。そうしたら、こちらへ」
案内されて、ホールへ向かう。
扉を開けて中に入ると、見慣れた白い神官服で白髪まじりの髭の大司教様がにこにこ笑って立っている。
「――レイラ、久しぶり。元気そうで安心したよ」
「お久しぶりです――」
「大変な目に遭わせてすまなかったね。お前が王子に勝手に追い出されたというのに、私としたことが止められずに――」
大司教様は悲しそうに目に涙を浮かべた。
「いえ、別に私――」
「気にしてないですし、むしろ追い出して頂いて感謝です」と言おうと思ったところで、大司教様はにやっと笑った。
「いや、『元』王子だな。――全く、独断で勝手なことをしてくれて。レイラ、国王様もお前を追い出したのは、エイダンがハンナ嬢の妄言を真に受けて仕出かした大きな間違いだったとお認めになられ、エイダンの王位継承権を撤回された」
「――はい?」
「エイダンとハンナ嬢もこのように反省して謝罪に来たので、機嫌を直して大神殿に帰ってきてほしい」
大司教様の後ろの神官たちが、誰かを前へと連れだした。
「エイダン様? えっ? ハンナ様?」
そこにいたのは、いつもみたいなぴしっとした綺麗な背広とドレス姿じゃなくて、よれよれの無地のパジャマみたいな服を着て、ボサボサ髪をしたやつれ顔の二人だった。




