第76話
「ありがとう! 本当に助かったわ! これ、お礼に持っていってね」
農家のお母さんは、そう言って私たちにどっさりと採れたてのトマトがつまった籠を渡してくれた。
私たちは昨日の夜からこの農家さんの家に泊まり込みで魔物退治に来ていた。
裏の森に薪を拾いに行ったら、鼠の頭のような形の石を拾ったので見てほしい依頼を受けて、私とステファンとライガは、街から少し離れた農家さんの家に行った。
農家のお母さんが拾ったという石は、確かに耳や目があって小さな鼠の頭の形をしていた。しかも毛並みみたいな細かいギザギザもあってすごく良くできた石の……置物みたいな感じだった。
それを見た瞬間、ステファンは厳しい顔つきになって言った。
「小石化蛇だね。獲物を毒で石化して巣に持ち帰ってそのまま保存食にして食べる……。村に降りてくると危ないからなぁ」
それからステファンはそのお母さんに、その家で飼ってる鶏を4羽ほど借りて、鼠の石を拾ったっていう森のあたりに行くと、何ヵ所かに分けて鶏の足に長めの糸を結んで木と繋いだ。
「鶏は襲われると鳴き声がうるさいからね。誘き寄せる餌にちょうど良い。――あいつらは夜行性だから夜を待とう」
……それで、夜。ライガが狼になって森の中で耳をぴくぴくさせていたら、「ケッ! ケコッ!」っていう鳥の声が暗闇の中で聞こえて来た。
「あっちだな」
ライガは暗い森を迷うことなく進んで行くので、私たちもその後ろを追って行った。「しっ」とライガが口に手をやったので立ち止まる。暗闇の先で鶏の頭と尾にそれぞれ蛇が2匹絡みついているのが見えた。そして……鶏は上と下から姿を石に変わっていく途中だった。
白い鶏の羽毛がだんだん灰色の石になってく……不思議……。
鶏が完全に石になると、二匹の蛇は器用にその身体を尻尾の方に巻き付けてずるずると藪の方へ引っ張って行った。そのままライガを先頭にゆっくり跡をつけていくと、斜面に空いた穴のところへ二匹の蛇が入って行った。
……あそこが巣なのかな。
「今から威嚇するから、後は頼んだ」
ライガは私の耳元で小声で囁くと、蛇が消えた方向に向かって低く咆哮を上げた。巣穴から蛇が4匹出てきて身体を持ち上げて牙を見せてシャーっと暗闇に響く威嚇音を鳴らす。
私は手を組むと、蛇が落ち着くように祈った。
――目を開けたときには蛇は既に地面にぺたりと気を失ったように倒れていて、ステファンが「本当、楽だなぁ」と言いながら剣で首をさくさく切っていた。
その後、ステファンは巣穴をシャベルで広げて、中にあった卵を掘り出すと油をかけて火で燃やした。
「さっきの鶏……」
巣穴からは石になった鶏とか、鼠とかイタチ?とか――いろんな動物が出てきた。
「産卵期になると餌を巣穴に溜め込むから……、牙から出る毒の魔法効果で石になってるだけだから、解毒すれば食べられてないのは生き返るよ」
「解毒……」
私はふと思いついて、手を組んだ。祈りが魔法効果を鎮めるなら祈ったら戻るかな。
「……石に変えられし哀れなものたちに再び元通りの自由を……」
――途端、「ケッコー」と甲高い鳥の鳴き声とバサバサと羽音が鳴り響いた。元に戻った鶏が暴れて白い羽毛が飛び散る。それに「チュー」「ギャー」と色んな動物の鳴き声が続いて、他の鼠とかの動物もまだ生きていたのが元に戻って周囲に一斉に走り去った。
「――普通は、石化が解けるまで、かなり時間がかかるんだけど――、本当にすごいね」
ステファンが感心したみたいに呟いた。
――ということがあって、一泊させてもらって、私たちは依頼完了のサインと籠いっぱいのトマトを持って街の方へ帰って行った。
「――また宿屋のご主人にあげてミートソースにしてもらう?」
帰りながらステファンが聞く。私はライガと一緒にトマトをかじりながら「うん」と頷いた。まだステーキとかを食べるのはちょっと罪悪感があるけど……ステファンと話してからミートソースとかなら、お肉食べてもあまり気にならなくなってきてた。
「その前にギルドで報酬もらわないとな。……今日はナターシャに怒られないといいぜ……」
トマトを口に放り込みながらライガが呟く。ノアくんが親方さんと一緒に王都の宮殿修理の仕事に行ってからしばらく。ナターシャさんは心配なのか、毎日どことなくそわそわしていた。
ライガと顔を合わせると、特にちょっと様子がおかしくなって、「ノアに相手になってやるとか、勝手に言わないでよ」と怒ってから、頭を抱えて「ごめん、言い過ぎだね」と謝って落ち込んでいる。そんなナターシャさんを見るのは初めてなので、ギルドのみんなもなんとなく落ち着かない雰囲気。——ノアくんと喧嘩して、そのままノアくんが王都に行ってしまったので、気にしてるんだと思います。
冒険者ギルドにつくと、ギルドの前に普段は見かけないような馬車が止まっていた。何だか高級感のある馬車だ。
「……あれ……領主のところの馬車?」
ライガの問いに、ステファンは頷いて急に私の前に立った。そのまま歩くのを止めて馬車の様子をうかがう。
「……どうしたの?」
「……領主様のところの人がうちに来ることなんて、滅多にないのに。何をしに来たんだ?……様子を見ようか」
領主様っていうと、この街周辺で一番偉い人だよね……。何かあったのかな。
私は二人の間から馬車の様子をじーっと見ていた。
しばらくして、ギルドからナターシャさんが出てきて、神殿で見かけた貴族の人が着てたみたいな、高級そうな服装の男の人たちが馬車に乗るのを見送った。
馬車がいなくなるのを見届けてから私たちはギルドに入った。
「レイラ……! おかえり!」
扉を開けて中に入ると、ナターシャさんがカウンターの中から慌てたように出てくる。
「今さっき……、領主様のところから使いの人が来てさ……、何でもキアーラの大司教がアンタに謝罪の場を設けたいって来てるらしいんだけど……」




