第75話(そのころキアーラ王国王都にて)
指示役を失い四方に散った小鬼は兵士たちが仕留めた。
「巣を探すぞ!」
エイダンは兵士とともに斜面の、藪に隠れた方を探索した。奥に続く横穴があった。兵士の一人が身を屈めて中へ入っていき、「ひゃあ」と声を上げた。そして、中から両掌からはみ出すほどの大きさのぶよぶよとした半透明の爬虫類の卵のようなものを持ち出してきた。膜の中では、小さな小鬼が膝を折り曲げ丸まった状態でいるのが透けて見えた。
「このようなものが中に5・6個ありました……」
「気色が悪いな。全て持ち出して焼け!」
エイダンは顔をしかめた。
***
喰われた農民の骨と牛を回収し村に戻る。村の教会へ骨を持っていくと、その農民の家族は泣き崩れた。
「私の祈りが足りなかったばかりに……申し訳ない……」
祭壇の下で死体のように丸まって動かなくなっていた神官が這うように骨に近づいてきた。その男のミイラのような形相に、エイダンは驚いて一歩下がる。
「いいえ、ジェイコブ様がこちらに残って祈り続けてくれたおかげで……、うちの村は……まだこれくらいの被害で済んでいるんです……」
村人の一人が慰めるように骨と皮だけになった神官の肩を撫でた。
「……『こちらに残って』というのはどういうことだ?」
「近隣の村の神官様たちは皆、都の大神殿の方へに召集されたとかで村を離れてしまいましたが……、ジェイコブ様はそれを断り、村に残り1人ずっと祈ってくれていたのです」
(地方の神官を招集した? そんな話は僕は聞いてないぞ。何を考えてるんだあのジジイは!)
エイダンはぎりっと唇を噛むと教会の祭壇に祀られた白水晶の女神像を見上げた。祈るような姿の光の女神像はぼんやりと白く光っている。
「――大神殿の女神像はもっと明るく光っていたが……」
この村の教会の神官のジェイコブは、喉の奥から蚊の鳴くような声を振り絞った。
「この白水晶の女神さまの放たれる光は――そのまま魔物を抑える聖魔法の力を示します……。先々代の国王様が大神殿を建立し、大神殿から祈りの力を女神像を通して全国へ伝えられるよう国中に教会を配置しましたが……、あなたが聖女様を大神殿から追い出してからというもの、日に日にこの教会の女神さまの光は弱くなっていきました」
「――確かに、僕が追い出したな」
ちっとエイダンは舌打ちをした。
「いえ……、あなたを責めているわけではありません……この10年の間に――私たちは昔のように祈ることをしなくなり……、若い神官を育てることもせず……、怠惰に過ごしてきました……。きっと……光の女神さまがお怒りになってしまわれたのでしょう……」
自分がレイラを追い出したことについて、この神官も大司教のようにさぞかし文句を言うのだろうと考えていたエイダンは、予想外の言葉に呆気にとられた。
「――お前――」
何と言っていいか言葉が見つからず、エイダンは黙った。
ジェイコブは胸の前で手を組むと、死んだ農民の骨に向かって床に頭を打ち付けた。
「女神様――彼の安らかなる冥福を祈ります。そして同じような苦しみが二度と起こりませぬよう我々をお守りください。そのためであれば我はこれより先自身の欲を全て捨て誠心誠意女神さまにお仕えすることを誓います」
延々とジェイコブの祈りの言葉が続くにつれ、教会の祭壇の女神像は、その身から放つぼんやりとした光を徐々に強くしていった。「おぉ」と教会に集まった農民から感嘆の声が漏れ、やがて彼らもジェイコブと同じように手を組み、目を瞑り、それぞれ祈りの言葉を呟きはじめた。女神像はやがて、全身を白く――神々しく光らせた。
「……これが祈りによる聖魔法?」
エイダンはその光景を目を大きく広げて見つめた。
宮殿に隣接する大聖堂には、物心ついたときから式典の度に行き、そこで白く輝く、この南端の村の粗末な教会の女神像よりはるかに大きい女神像を何度も見てきた。しかしエイダンは一度もその光を神々しいと感じたことはなかった。大聖堂の白水晶の女神像は白く光っていることが普通で、それはただの見慣れた光景でしかなかったからだ。
しかし――、今目の前で白く光を放っている、大聖堂のものに比べればずいぶん小柄な女神像は――何やらとても綺麗な神々しい存在のように感じた。
「――お前も神官なら、祈れッ!」
エイダンは自分と一緒に王都より派遣された年若い神官の男の肩を揺さぶる。
それと同時に、兵士たちに向かって叫んだ。
「これから王都に戻るぞ! 急いで馬を準備しろ! 大神殿から神官を村々に連れ戻す! 今魔物が出てるのは地方だろうが!」
「は、はぃ」
兵士たちは王子の圧に押されてそそくさと馬の準備に走った。
***
エイダンは3日3晩馬を走らせ王都に戻った。そのまま王宮の玉座の間にいる父の元に向かう。
「父上! 大神殿に集められた神官たちを今すぐ地方へ回してください!」
「何を言っている……! 王都周辺への魔物の侵入を抑えなければならぬだろう!」
「魔物は周辺から増えてきます! しかも、よくわかりませんが、知恵をつけたりと、気味の悪い変化をして……」
エイダンは他の小鬼に指示を出していた小鬼を思い出した。ああいうのがたくさん出てきたら、相手をするのは格段に大変になるだろう。
「とにかく、地方で抑えるのが肝要です! 兵士を派兵し、駆除すると同時に発生を抑えねば! 地方の教会に神官を集めて壁をつくれば或いは被害を抑えられるかも……」
「王都の護りを失くせというのか、お前は……!」
父王は拳を震わせると、叫んだ。
「いいか! 元はといえば、お前が浅はかにも聖女を追い出すからこうなったのだろう! あの聖女は私がお前に決めた婚約者だというのに、親に逆らい、勝手に反故にするとは何事だ!」
「婚約? それは大司教の差し金でしょう! 僕にはハンナという恋人がいるのは父上だってご存じだったはず! それを勝手に……」
「ええい、うるさい! そのハンナはな、今、牢にいるぞ!」
「は?」
「――嫌がらせをされただのと幼稚な嘘で聖女を貶めたのですから、当然でしょう」
父王の後ろから、にっこりと笑みを浮かべたミハイル大司教が姿を現した。
「そして、エイダン様――、その戯言を真に受け、あの子を追放したあなたも同罪です」
「何をふざけたことを! 父上!」
エイダンはミハイルを睨みつけてから、父王に駆け寄り、肩をゆすった。
国王は息子の手を跳ね飛ばすと、玉座から立ち上がり彼を指差して宣言した。
「エイダン! お前を廃嫡とする!」
「何を馬鹿なことを言ってるのですか、父上!」
「馬鹿はお前だ、エイダン!」
国王は周囲に控える兵士たちに向かって怒鳴った。
「この馬鹿息子を牢に放り込め! お前たちの故郷の村を魔物に荒らさせた責任をとらせろ!」
周囲に控えていた兵士たち――先発部隊として地方へ魔物退治に赴き、その被害を目の当たりにし、聖女を追い出した王子に対する怒りに満ちていた者たち――は一斉に王子を取り囲むと、彼を拘束しずるずると地下牢へ引っ張って行った。
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