第68話(ステファン視点)
「そろそろ食べごろだな」
串をとってレイラに渡す。「うわぁ」と彼女は串を両手で持って、魚を上から下まで眺めた。
「好きなところから齧りつくといいよ」
そう言って、僕は自分の串に齧りついた。白い湯気が口から出て、ほろほろした焼きたての魚の身が口のなかでほぐれ、適度な塩味が全体に広がる。
「美味しい~……」
レイラは頬を押さえて呟くと、両手で串の両端を持って、口を大きく開けてがぶりと魚に齧りついた。ああ……あんまり勢いよく行くと……。
「あつっ」
言わんこっちゃない。
レイラはまるで絵に描いたように串を空中に丸く放り投げて、ほくほく湯気が出ている口元を押さえた。僕は魚の頭が刺さったまま空中に飛んだ串をキャッチして、噴き出した。
「ははっ、あはははっ」
笑いながらレイラにそれを渡し、咳き込む彼女の背中を叩いてやる。
「落ち着いて食べなよ、まだたくさんあるし」
***
丸太に腰掛けたまま腹をさする。だいぶ食べたな……。
僕は焚火を挟んで正面で同じようにしているレイラを見た。
……そうだ、あのことを聞かないと。
「レイラ……、あの魔法草狩りのあとから、あんまり肉、食べなくなったのなんで?」
びくり、と彼女は急に背筋を伸ばした。
「えぇと……」
「……僕しかいないしさ、心配だから、教えてほしい」
彼女はローブのフードをかぶると、丸くなって小さい声で言った。
「……あのとき――ジャンさん、血だらけだったじゃないですか――、それからお肉を見ると、何となくそのときの光景が頭に浮かんできてしまって――」
彼女は一瞬押し黙ってから、呟いた。
「それは、良くないことですよね」
僕は頭を抱えた。これは、本当のことを伝えるべきか、伝えないべきか――、どちらが面倒じゃないだろう。
――いや、そういうことじゃない。本人がこんなに悩んでるのに、黙っているのは、駄目だ。
口が自然と動いた。
「レイラ、君はたぶん――、魔族だと思うんだ」
「魔族?」
レイラが僕を不安そうに見上げる。
「えぇと、魔法の得意な――、魔力の強い種族で、大昔にいなくなったって言われてるんだけど――、彼らは、魔物のようなところがある……というか、何ていったらいいのかな」
言葉を濁して、視線を泳がす。
「人を襲ったりとか、そういうことをしてたって言われてる。僕は直接見たことはないから、本当はどうなのか知らないけれど」
恐る恐るレイラを見ると、ショックを受けたようにフードの奥で緑の瞳を見開いていた。
「私って、そういう――危ないものなんですか……?」
僕は慌てて言葉を続ける。
「――黙っててごめんね。ただ、僕――僕たちは、君がそうかどうかの確信はないんだ。だって、誰も本物の魔族を見たことはないから。――魔術師ギルドにいるエルフとかなら、わかると思うけど――、彼らは長命で――直接、魔族と争っていた当人だから、もし君がそうだったら、実際に会ったら――どういう反応をするかわからないし。だから、あんまり公にしない方がいいと思って、君にも黙ってた……」
「私はその――魔族だから、そういう良くないことが頭に浮かぶのかな――」
レイラはフードを両手で持って深く被ると、肩を震わせた。
――え?
僕は、しばらく呆然自失になった。
レイラは国を追い出されたっていうのに、楽しそうだったし、こんなにショックを受けた様子を見るのは初めてだ。どういう対応をすれば正解……。
僕は首を振って立ち上がった。
そうじゃないだろ、取り繕わないで、自分の言葉で伝えろ。
僕はかがみこむと、彼女と目線を合わせた。
「でも、それが良くないことだってわかってるし、思ったりするだけなら、気にすることないんじゃないかな。それに! レイラは――この前だって、守りの祈りでソーニャを助けてくれたじゃないか」
一呼吸置いて、はっきりと言う。
「レイラは危ない存在じゃないし、――それより、僕はレイラが美味しそうに食事をしてるところが見たいよ」
ぐすっと鼻をすすってからレイラは呟いた。
「……ステファンは優しいですよね」
僕は返答に迷う。
「いや僕は――、人に良く思われたいから良い人ぶってるだけで――内心は疑り深いし、結構どうしようもないよ」
「だけど」と語気を強めた。
「これは良く思われたいから言ってるんじゃなくて、本当に、レイラが食事を辛そうに我慢してるとこは見たくなくて、美味しいって笑ってる顔のが見たいよ」
フードを持ち上げると、レイラはぐちゃぐちゃになった顔で笑った。
「でも、私は――ステファンのおかげで、少し、楽になりました」
僕は返事が見当たらず「……良かった」とだけ呟いた。
――問題が起こったら『対処する』だって?
そんなの、できるわけがない。
僕はこの子に笑顔でいてほしい、と心から思った。
***
「――いくらか余ったから、教会に寄ってテオドールさんたちにあげようかな」
荷物をまとめながら、袋の中でまだ泳いでいる魚を数える。あそこは家族が多いけど――これくらいあれば足りるだろう。
「喜んでくれそうですね!」
レイラはいつものような感じで飛び跳ねた。僕らは、山を降りて冒険者ギルドへ向かった。




