第60話
「竜皮のローブって本当に軽いんですね……」
お店を出た私は感動していた。
買ったものは、丈の調整のため、明日引き取りだけど――試着で着てみた竜皮のローブは、ちょっとした街用の上着を羽織るくらいの重さも感じなかった。
「そうでしょう。重さを感じないことで意識を魔法や――あなたの場合、祈りね――に集中できるのよ」
ソーニャさんが得意げにそう言ったとき、私のお腹がぐぅと鳴った。
「あら、もしかしてお昼食べてないの?」
「食べたんですけど……」
サラダとパンしか食べてないから、お腹が減っちゃったな。
恥ずかしくなって「えへへ」と笑うと、ソーニャさんは「そうだ」と指を立てた。
「お茶でもしていく? この近くに、美味しいお菓子屋さんがあるから」
お茶……、お菓子屋さん……、お茶会!
神殿にいたとき、ハンナ様や、綺麗なドレスの貴族の人たちがどこかへ向かうのを見たことがあった。シスターたちが「また王宮でお茶会をやるのよ」って言うのを聞いて、私も可愛いドレスを着て、そういうところに行ってみたいなと思ってたんだった。
「行きます! ぜひ!」
私がそう大きい声で返事をすると、ソーニャさんは「じゃあ行きましょう」と驚いたような顔で言った。
***
ソーニャさんに連れて行ってもらったお店は、机も椅子も壁も、木が白く塗られた内装でとっても綺麗なお店だった。
「素敵ですねえ。こういうお店、初めて入りました」
私は思わずため息をつく。
ライガやステファンとの食事は、だいたい宿屋の食堂で食べることが多くて、あとはたまにレストランに行ったりもするけど、こういう雰囲気のお店には入ったことがなかった。
「――あの二人と一緒だと、こういうお店は、行かないかもしれないわね。私がステファンをお茶に誘った時なんて、横からあの狼が『値段と量が釣り合わない店に行くなんて、勿体ないだろ』って口出してきて、結局、何故か焼肉に連れて行かれたのよね……、3人で」
ソーニャさんは呟くと、私にメニューを開いて見せた。
『山桃のタルト』とか『牛乳プリン』とかたくさんメニューが書かれている。
「好きなの注文して」
ソーニャさんは気まずそうに視線を泳がせる。
「助けてもらったのに――、私、最初、あなたに失礼な態度とってしまったから――、お詫びに、ご馳走するわ」
「失礼な態度?」
ソーニャさんは髪の毛をくるくると指で丸めた。
「……子どもっぽいとか……言ってしまったわ」
ああ、と私は思い出して笑った。
「実際そうですし……」
「……」
ソーニャさんはなんともいえない表情でメニューを私の前にずいっと押し出した。
「とにかく、好きなの注文しなさい。あと……私のことは、『ソーニャ』で良いわ」
「ありがとうございます、ソーニャさん」
「ソーニャ!」
***
「甘酸っぱくて美味しいです……」
私は目の前の山桃のタルトをフォークで口に運びながら頬を押さえた。
口の中いっぱいに広がる甘さは、今まで食べたことがない味わいだった。
「そんなことより、あなたは、その婚約者に『出て行け』って言われて、出てきたの?」
ソーニャは自分のケーキも食べないで、フォークを上向きで握ったまま私に詰め寄る。
ステファンやライガと一緒に行動することになった経緯を説明していたところです。
一応、私がキアーラで、女性の神官最高位の『聖女』の肩書だったことは秘密にしているので、細かいところは伏せて、『婚約破棄をされたので、国を出てきた』という概要だけお話した。
「はい。もともと、神殿の外に出てみたかったので、いいきっかけでした」
「いいきっかけって……、まあ、そうよね、結婚したら神官を辞められるけれど、婚約破棄されたら辞められないものね……」
キアーラの大神殿の神官は結婚はしませんが、女性の神官は引退して結婚する人もたまにいるので、婚約していたという話はそんなにつっこまれませんでした。
「でも、悪いの相手じゃない? あなたと婚約しているのに、別の人と結婚したいからって言ってきたんでしょ」
「いえ、私の方が後みたいですよ。もともと、ハンナ様――、その恋人の方とはお付き合いしていて、婚約が後だったので。私の保護者が勝手に決めた話だったんです」
ソーニャは語気を強めた。
「それにしたって……、そんなぞんざいに扱われたら、私だったら、怒って、相手をたぶん魔法で燃やしちゃうわ。あなた、変よ」
「変……かな」
「変よ! 自分を貶めてくる相手にはもっと、怒らないと。みんなステファンや、ナターシャさんみたいにいい人じゃないのよ。弱肉強食なのよ!」
ソーニャはフォークをざくっとタルトに突き立てた。タルトが割れる。それを口に入れて彼女は息を吐いた。
「……」
私はぽかんと口を開けた。ソーニャは頭を抱えて机に突っ伏した。
「……ごめんなさい。私カッとなりやすくて……」
はぁとため息をつきながら、彼女は割れたタルトを口に入れた。
「すぐに相手を責めるような言い方、してしまうのよね。それで最初のパーティーでもモメちゃって……」
「いえ、……今のは、私の代わりに怒ってくれた感じですよね。ありがとうございます」
私は頭を下げた。
「違うのよ。勝手に怒ったのよ。とにかく、私にも怒りなさいよ。初対面でいきなりひどいこと言って、どういうつもりなのって……」
「いえ、実際、私、子どもっぽいですし」
私はソーニャを見つめた。
「――どうしたら、もっと大人っぽく見えますかね」
「どうして、大人っぽく見られたいの? 今のままで、かわいいじゃない」
「子ども扱いされるのが、嫌で……」
「そう? 髪の毛おろしてみるとか?」
「耳がコンプレックスなので、隠したいんですよね……」
私は左右の編み込んだ髪を持ち上げた。
「じゃあ、ねじって丸めてみたらどうかしら。それで髪飾りとかつけてみたら」
「やってみたいです」
「じゃあ、今度は、髪飾り売ってるお店に行ってみる?」
「どこにあるんですか?」
「おすすめは、月初めの夜市ね。行商人がたくさん来るわ。次は、来週かしら?」
「夜は出歩かない方が良いって、言われてるんですよね」
「ステファンとライガに? ――父親みたいね。それじゃあ、私が迎えに行くわよ」
「いいんですか?」
「いいわよ。あ、ケーキもう一つ食べようかしら。あなたは? 遠慮しないでいいわよ」
「ええと、じゃあ、もう一つ」
「次、何頼むの?」
「悩みますね」
「悩むわよね」
気づいたら、ソーニャと私はケーキをお互いに4つ食べていました。




