第55話
「ソーニャのやつ……あの火力じゃ、長くはもたないだろ」
ライガが唸った。
ソーニャさんの魔法でできた炎の壁は、兎の進行を止めつつ、前の方の兎を巻き込んで燃やしていたけど、地面を這う足のない一角兎は、どんどん後ろから数が増えていた。
「――レイラ、祈って、大人しくさせられるかな」
ステファンが私を見る。ライガが抱えていた私を地面に下ろした。
「やってみます」
私は力強く頷いた。
私が役に立つってことを、ふたりに証明するいい機会です!
手を組んで瞳を閉じる。
「光の女神様……」
祈りの言葉を呟きながら、ふと鼻先に、血の匂いを感じた。そう、ライガが背負ってるジャンさんの血の匂い。人間って傷だらけになるとあんなに血が出るんだなぁ。あの兎に齧られたのかな?齧られたらすっごく痛いだろうな。――もし、あんなにたくさん押し寄せてる兎が、まとめてソーニャさんに飛び掛かったら?
私はごくり、と自分の喉が鳴る音で我に返った。
違う違う、そういうことじゃなくて、兎を大人しくさせて、ソーニャさんを助けないと!
どきどきする心臓を深呼吸で整えて、もう一度目を閉じた。
「我は望みます――あの哀れな兎たちを鎮めてください!」
自分の頭に浮かんでくる真っ赤な血のイメージを跳ねのけるように大きな声で祈りの言葉を叫んだ。
「――あれ?」
目を開けると、前列の兎は少しだけ威嚇を止めてるような様子だったけど、それも一瞬で後ろから押し寄せた別の兎が、大人しくなった前列の兎を乗り越えてソーニャさんに向かっていった。さらに、一部の兎が、その真っ赤に燃えるみたいな目を、私たちの方へ向けている。
「――まずいな。こっちにも来るぞ。ステファン、どうする」
「……お前はレイラとジャンを抱えて、こっちに来るの撒いて逃げてくれ。ソーニャの方は僕がなんとかするよ」
ステファンは剣を抜くと、髪を掻いた。
「わかった」
ライガは私を抱え上げる。
……ちょっと待って、なんであんまり効果ないんですか!
私はパニックになっていた。だって私は、竜だって鎮められたし、これくらい……。
頭の芯が冷えていく。
――ステファンとライガに、役立たずだって思われてしまう……。
「――守り、守りの祈りならできます!」
私は叫んだ。前に竜にステファンが切りかかった時に跳ね返した、あの祈りならできる気がする。
だってステファンがあの兎の中に行ってジャンさんみたいに血だらけになるのは嫌だもの。
テオドールさんは祈りたいもののために自分の意思で祈りなさいって言ってたけど、私はステファンとかライガが痛いのは嫌だから、そのためだったら絶対祈れるはず。
「そうか――、でも――」
ステファンの瞳には迷いが見えた。
その間に、ガサガサガサと音がして兎の一部が地面をずるずる素早く這いながらこっちに向かってきた。私は手を組んで目をつむって、大きい声で祈った。
「邪悪なものを私たちから退け、お守りくださいっ」




