第54話
男の人は全身血だらけで、顔にも腕にも獣に噛みつかれたような傷があった。
うわ……、すごく痛そう……。
着ている皮鎧も、ところどころ噛み千切られたようにえぐれている。
特に傷のひどい左足を引きずるように私たちの前に現れた彼は、そのまま地面に倒れこんだ。
「おい! 大丈夫かっ」
ライガが駆け寄ると、その人を支えて、首にかけてある冒険者証を見た。私と同じ、鉄の冒険者証。
「ジャン……Dランク……、魔物退治中だったのか?」
ライガは男の人に問いかけるが、彼は呻くだけで反応がなかった。
私は血で真っ赤になったその人の顔を覗き込んだ。
この人、見たことあるような……。
「あ、朝お祈りした人!」
その人は朝ソーニャさんに引っ張られて行った剣士の人だった。
「ソーニャさんの仲間の人です!」
「ソーニャの? そういえば、リルがソーニャたちも魔法草の収集依頼に行ったって言ってたな。ここらへんは魔法草の群生地だから……」
「ソー……ニャ」
男の人――ジャンさんが苦しそうに呟く。私たちは彼の顔に自分たちの顔を近づけた。
こんな傷だらけの人、見るの初めて――。
苦しそうな彼の顔をだらだらと血が流れていく。
自然とごくりと喉が鳴った。
本当に痛そう……だけど、……――美味しそう――
……?
私は頭を抱えてぶんぶん振った。間違えた。痛そう痛そう、痛そう……。
ジャンさんはたどたどしく、口を動かす。
「……俺に逃げろ……って、……兎? が、角のある……たくさん……」
「角のある兎? 一角兎? ――この辺りにはいないはずなんだけどな」
ステファンは空を見上げた。さっき見えた細い煙が、今はもっともくもくしてる。
「――あの煙、ソーニャかな。ライガ、ジャンとレイラ、担げるか?」
「任せとけ」
ライガはジャンさんをステファンが荷物から出したロープで背中に縛って固定してから、ひょいと私も持ち上げた。狼の手でふかふかしていて温かい。
次の瞬間には、二人は全力疾走で煙の方向に走り出した。
草むらをひょいひょいと軽々超えていく。
ここに来るまでゆっくり来たのは、私に合わせてくれてたのね。
ライガのが速いけど、それについてきてるステファンもすごいなぁ。私が走ったら絶対置いてけぼりだ……。
草むらを抜けて、少し開けたところで二人は止まった。
「げえ」
ライガが呻いた。
煙と、焦げた匂いが充満している。
「ステファン……これ、一角兎か……?」
泥だらけの白い毛。眉間に角の生えた、兎みたいな塊がたくさん地面の上をうねっていた。長い耳がピンと立って、蠢いている様子は異様だった。
――一番おかしいのは、どの兎にも足がないこと。
足がないから、うねうねと、胴体だけで蛇みたいに地面をうねっている。
シィィィィィ
鳴き声じゃなくて、兎の剥き出しの歯から洩れる空気音が、響きわたっている。
「だと思うけど、なんで足が……ソーニャ……!」
ステファンが兎が威嚇している方向を見た。
崖際でソーニャさんが杖を構えている。
彼女の前に立ち上がった炎の壁がうねりながら押し寄せる兎の群れをせき止めていた。




