第51話(ライガ視点)
朝冒険者ギルドに来た俺は、サムに何か相談しているレイラを見つけた。
まだ背が伸びるかとか、大人っぽくなるか――なんてことを聞いていた。
――あいつ小人じゃないのにな――
時間がかかるだろうが、レイラはそのうち背も伸びるだろうし大人っぽくなるだろう。
人に相談するほど気にしてるなら、教えてやった方が良いにきまってる。
俺は入口あたりで依頼の掲示を眺めているステファンの腕を引っ張っると小声で言った。
「なぁ、レイラに『お前の種族、魔族っぽいよ』って言ってやった方がいいんじゃないか」
ステファンは眉間に皺を寄せる。
「――そうすると、たぶんあの子は『魔族です』って名乗るだろ。そうすると騒ぎになるよ」
まぁ、それもそうだけどさ。
「だいたい、魔族かどうかも推測だし。実際の魔族って誰も見たことある人、いないんだからさ」
「魔術師ギルドの本部にいるとかいうエルフに見せに行けば? エルフなら長生きだし、魔族のことよく知ってるんじゃねぇの。見たらわかるだろ」
「――エルフは、魔族に特に嫌悪感を持ってるって言うし――、長生きな分、魔族と争ってたころのこととかも、覚えてるんだろうし。連れて行って、もし、レイラが本当に魔族だったら、何されるかわかんないじゃないか」
ステファンは真剣な目で俺を見た。
「今のところ、レイラが魔族だろうが問題は起こってないし――、とりあえず、今の曖昧なままでもいいじゃなかって、この前、所長も含めて話したじゃないか。下手に騒ぎになったらレイラが嫌な思いするだけだろ」
「そうだけど――、本人がどうしたいかってのもあるだろ。いやあいつがさ、見た目のことサムに相談してたから、教えてやったほうがいいんじゃないかと思って」
「相談って何で?」
「わからないけど……」
ステファンは「うーん」と顎に手を置くと、くるりと振り返って「リル」と受付に手を振った。
「朝、何かあった? レイラがサムに……かくかくしかじか――相談してたみたいだけど」
リルは髪を耳にかけると、ステファンに近づき、囁くように言った。俺も聞き耳を立てる。
「ソーニャがちょっと、レイラちゃんに絡んじゃってねえ。レイラちゃんを見て――『近くで見るとほんっとうに子どもじゃない』って。ごめんなさいね、うちの新人が迷惑かけて。後で私もあの子とよく話すわ」
ソーニャ。俺は赤毛の魔法使いの女の名前にびくっとした。
魔術師ギルドから研修で来てる魔法使いで、とにかく魔法で解決が好きな、魔法使いらしい面倒な性格の女だ。
ソーニャがこの街に来て、初心者のしばらくの間、一緒に仕事をしてたんだけど、あれは村の近くの洞窟に巣を作った大蝙蝠を退治にしに行った時だっけ。ソーニャは洞窟の中で爆発魔法放ちやがって、天井が崩れて埋もれるかと思ったうえに、音に驚いた蝙蝠が大量に奥から出てきて大混乱になったんだった。
まあ、そんなこんないろいろあったけど、仕事にも慣れてきたから、パーティー解消して、他の仲間を探してくれって話をしたら、なんか急に怒ったんだった。それで彼女としばらく顔を合わさないようにって、ルシドドまでの護衛の依頼を受けて、しばらく街を離れることにした――っていうのが、レイラに会う前の経緯だ。
「ソーニャかぁ」
ステファンは困り顔で頭を抱えている。
――ソーニャがレイラに絡んだって、それ、半分くらいは、お前のせいもあるんじゃ。
俺は「頭抱えてないで、お前が何とかしろ」と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
傍から見てても、ソーニャはこいつに好意を持っていた。
けど、ソーニャが露骨に好意を示すようになった途端、急に冷たくして距離を置くもんだから、ソーニャを変に怒らせたんじゃ。知らねぇけど。
そもそもこいつは、誰でも彼でも八方美人な態度するから、相手を誤解させるんだよな。
あの洞窟の時だって、俺が「殺す気か」ってキレてる横で「次はもうちょっと静かにやった方がいいね」とか言って、にこにこしてるから、そりゃ、アメと鞭のアメをずっとやってれば変に好意を持たれる。
やたら気遣って、優しい言葉をかけてるから、一緒に行動してると、俺だって、まさかステファンもソーニャにその気があるんじゃないかと誤解しそうになったくらいだ。そのくせ、相手が好意を示してきて面倒になると、逃げる癖があるから性質が悪い。
いや、俺は、遠方に行く出張依頼受けて逃げるんじゃなくて、ソーニャときちんと話せって言ったよ。でもこいつが、しばらく顔合わせなきゃ落ち着くと思うって言って、ルシドド行の依頼受けちまったんだ。
……まあ、本人も自分のそういう性格気にしてるみたいだし、そういう優柔不断なところ以外はすごく、いいやつだと思うんだけどさ。
そのとき、くいっと誰かが俺の服を引っ張った。
振り返ると、レイラが何か言いたげにこちらを見ている。
「……何だよ」
「私も、そろそろ魔物退治……どうかなと思うんだけど」
俺はうっと声を詰まらせた。
火竜を鎮めたくらいだから……、連れて行っても問題はないんだろうけど……。
正直あんまり危ないことをさせたくないんだよな。
「いや、魔物退治はお前にはあんまり楽しくないと思うぜ。山の中泥だらけになるの楽しくないだろ? だいたいお前、血とか大丈夫なのか? キアーラの神殿とこの街しか知らない引きこもりだろ。絶対、実際に現場に行ったら、『気持ち悪い、何これ』ってなるぞ」
「……それくらい、大丈夫だよ……」
レイラは不機嫌そうに頬を膨らませた。
「いやぁ、まぁ、そうか、大丈夫なのか……」
「じゃあ、手始めにこれ行ってみる?」
どこから話を聞いていたのか、ステファンがひょいと顔を出して、依頼の紙を一枚、俺たちの間に置いた。
『依頼者:魔術師ギルド 依頼内容:魔法草の収集』
俺は頷いた。
「まぁ……これなら……いいかもな」
魔法草は植物っぽい魔物で、色んな薬のもとになる。暖かくなってきた今の季節はちょうど成熟期で、育った魔法草が山の中をうろうろし出す収穫時期だから――魔術師ギルドからの収集依頼が多い。
採ろうとするときに叫ぶのを聞くと気絶するのが難だけど、耳栓してればいいし、他は逃げ足が速いぐらいで、あんまり危険がない魔物だ。
「それ、ソーニャたちも引き受けてたし、B級のあなたたちに頼む依頼じゃないんだけどねえ……人手不足だし……」
リルがうーんと首を傾げる。
「レイラが行くって言ってるからさあ、あんまり危ないのは行きたくないんだ……」
俺が耳打ちすると、リルは「あらあら」と物珍しそうな目で俺を見てくる。
……何だよ。
「まあ、魔法草は、量があれば、あるだけ助かるしね……。あんたたち二人は、後で他の依頼もやって頂戴ね」
リルは「行ってらっしゃい」と手を振った。




