第48話(ライガ視点)
俺は宿屋の部屋でベッドに横になると天井を睨みつけた。
不快感で鼻に皺が寄りそうになる。
テオドールの話だと、神様は違えど、同じ神官のテオドールから見ても、キアーラの神殿にいたときのレイラの扱いはかなりおかしいってことだった。神官は、普通は回復魔法も聖魔法と一緒に習うはずだけど、レイラは祈り……聖魔法しか教えられてないし、それにしたって聖魔法が魔法の効果を消すことができるっていうのを知らなかったり、基本的な教えが抜けてるってことだ。
祈りにしたってレイラはただ「祈れ」って言われて祈っていた感じで、神官としての教育がされてないって話で。――つまり、キアーラの大神殿は、魔力の強いレイラに国内の魔物除けの祈りをさせるためだけに面倒見てたんじゃないか、ってのがテオドールの推測だった。
耳がないと精霊の力を利用した魔法を使い辛いから、反抗防止と聖魔法一本にその魔力を使わせるためか、または人間のふりをさせるためか――とにかくそういう理由で、元は長かった耳を切ったんじゃないかって話で。
治癒魔法で、耳のこと何とかならないかって聞いたら、なくなったものは戻せないってさ。
……片腕の冒険者なんかも見たことあるし、腕でも足でも回復魔法で生やせるなら、みんな困らないもんな。
これがもし、レイラがエルフだったら――エルフの子どもの耳切って、国のために祈り強要してたなんて話になったら、キアーラはエルフ族から戦争を仕掛けられてもおかしくない事態だから、消去法でレイラは魔族――か魔族の血を引いてる混血っていうのがテオドールとナターシャの考えだった。
どこでそんな子どもをキアーラの大聖堂が手に入れたかは――まあどっかから買った可能性が高いだろう。
「売り買いなんて、人のこと物みてぇに」
俺は自分の子どものころを思い出した。
親の顔はわからない。後から知ったことは、俺みたいな、元の姿は完全に人間なのに狼に獣化できる狼男は、獣人と違って人間の親から突然生まれる。ほとんどの親は生まれた時点で処分するか、魔物なんかを取引する商人に売り払うことが多いらしい。俺はレイヴィスとかいう名前の魔物商人に売られた。
――とはいえ、覚えていることといっても、ステファンの親父に土産物として買われて、あいつの家に引き取られるまでの記憶はあやふやだ。ただ、檻の中に入れられたままほっとかれて、騒げば魔物商人のジジイに叩かれたことは覚えている。
あとは飯だ。色の変わった何の肉かよくわからない生肉を放り込まれて、それを食わないといけなかった。臭くて不味かったことだけは覚えてるが、それを食わないと腹は満たせないのでしょうがないから食ってた。ステファンの家で、シェフのおっさんが作った美味い料理を食べるまでは、ものに味があることも知らなかった。
――俺は運が良かっただけだ。
ステファンの家は海を渡ったところにある国の貴族かなんかで裕福だった。あいつの親父はそこの国の軍の偉い人だったらしく、自分の子どもに熱心に剣や魔法の訓練をさせてた。長男のステファンには特に厳しくて、剣は実戦で練習しろということで――その実践相手として俺を外国の土産として買って帰ったらしい。
とにかく、そこであいつと、あいつの弟妹の喧嘩相手になってやるだけで、美味い食事と寝床を与えてもらった。ステファンと親しくなってからは字も教えてもらって、勉強もさせられた。まぁ、本読むのは嫌いだけど、読めるのと読めないのとじゃ大違いだ。
ステファンの家に行かなかったら今頃どうなっていたかわからない。そのへんのゴロツキの手足としてこき使われて、人間の姿になることもなく、人を襲う化け物として冒険者の駆除対象になってたかもしれない。
俺は天井に向かって手を伸ばすと呟いた。
「レイラにも美味いもん、もっとたくさん食わせてやりてぇなぁ」
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