第45話(ステファン視点)
僕とライガ、それからD級冒険者のグループは街はずれの林道から山の獣道に入り、ずんずんと草藪の中を進んでいた。
「何か……今日は静かだな」
ライガがつぶやく。
確かに、いつもだったらここまで山奥に入ると、何かしらかの魔物が出てきてもおかしくないのだけど、今日は一匹も出てこない。
『レイラが祈るようになってから怪我人が出なくなった』と所長が言っていたことを思い出す。
今日は彼女に【退魔の祈り】をしてもらってから出発した――からだとすれば、すごい効果だ。
今日の依頼は魔術師ギルドからで――蛇竜と呼ばれる、森の中に住む体長60センチくらいの、翼がない小型竜の毒牙と卵の回収だった。このD級の冒険者グループは、蛇竜狩りは初めてなので、僕らは付き添いだ。この竜は動きが素早く攻撃的で、噛まれると毒で死ぬこともあるので気をつけないといけない。
「ステファン、このへんにいそうだ」
狼状態のライガが鼻を鳴らした。
ライガの鼻は魔物の匂いを嗅ぎ分けられるので、こういう素材目的の魔物探しの依頼の時はすごく役に立つ。
僕は後輩の冒険者グループを見回した。
職業は剣士・治療師・格闘家で種族は人間。このメンバーだと、ライガみたいに探すのは無理だから……。
僕は周辺の草むらをあさった。お、あった。そこには蛇竜が食べたと思われる餌の食い残しの肉片が転がっている。近くには竜の手の形の足跡。うん、確実に近くにいるね。手袋をすると、竜の食べ残しを持ち上げて、彼らに見せた。
「えーっと、蛇竜はこういう食べ残しを残します。これは猪の肉かな……。ここに2本、深い噛み跡があるよね。肉片は新しいけど、断面が青く変色してます。これが蛇竜の毒の特徴だよ。直接手で触れると危ないので、触る時は手袋をしましょう。まずは、こういう食べ残しを探すといいよ。蛇竜は獲物を捕まえて巣の近くまで引きずるので、こういうのがあったら、近くに巣がある……」
「じゃあ早く探そうぜ」
話の途中で剣士の少年が草むらに入ろうとする。
ああ、もう、勝手に動くと危な……
「ガオォォォォ!」
ライガが吠えて一喝した。
少年はびくっと停止する。
「――むやみやたらに、近くの茂みに入らないようにね。蛇竜は夜行性で、昼間は草藪に隠れているよ。目が悪いけど、大きい耳があって音に敏感だから、少しでも物音を立てると、びっくりして襲いかかってくることがあるから、気をつけてね」
「じゃあどうするのよ」
治療師の女の子が食ってかかる。血気盛んなのはいいけど面倒臭いなぁ。
僕は頭を掻きながら言った。
「……歌うんだ」
「歌?」
「ライガ、さん、はいっ」
僕はぱん、ぱんと手拍子を打った。
「あるーひー、やまのーなかー、りゅうーをー、みつけたぁー」
ライガが狼のしゃがれ声で調子っぱずれな歌を大声で歌い始めた。
格闘家の子が「何だ、これは」と表情を歪める。
「蛇竜は音に敏感だから、調子の外れたうるさい音を聴くと、尻尾で耳を塞いで丸まって動かなくなるんだよ。まぁ、歌じゃなくてもいいんだけど、歌うのが一番わかりやすいから」
――ライガはわざと音を外してるんじゃなくて、最初から音痴なんだけど。
僕は茂みに入ると、近くにあった倒木を足で蹴飛ばした。
案の定、蛇竜が尻尾で耳を塞いで丸まってる。
後輩冒険者を手招きして見せると、短剣で蛇竜の首を叩き切った。
その首を手袋をした手で持って、回収用の袋に入れる。
「さぁ、みんなもライガと一緒に歌ってみてね。あと何匹か捕まえよう」
「あるーひー」と外れた歌声が山中に響いた。
結局僕らは、4匹の蛇竜の頭と卵をたくさん手に入れた。
冒険者の仕事の大半はこんな感じだったりする。――『冒険』と言っていいのかは微妙だけど。まぁ仕事は仕事だ。
「こうやって対応するんですね。勉強になるっす」
一息ついていると、剣士の子が感心したように話しかけてきた。
最初より丁寧な口調になっているのが……何となく気分が良い。
そんな僕の横で、ライガが満足げに一人で呟いた。
「レイラに土産ができたな!」
……土産?
僕は悪い予感がした。




