第43話(ステファン視点)
「おう、お疲れー」
冒険者ギルドに戻ると、小人のサムがぴょんと受付から頭を出した。
「あれ、所長は?」
「たまには家でゆっくりしてもらうよ。報告は僕とリルでする」
サムは僕を見るとにやっと笑った。
「早くギルド職員になっちまえよ、ステファン」
「――有難い話だけど、まだいろんなところに行ってみたいし、遠慮するよ」
僕は笑顔で首を振った。
正直なところ――面倒だから、嫌だ。
冒険者ギルドの職員はだいたいが引退した冒険者だ。
ギルドに詳しく、また何か問題が起こったらそれを収める力も必要なので、ギルド職員になれるのはC級以上の冒険者に限られる。ナターシャさんとテオドールさんも元はB級の冒険者だ。
魔術師ギルドから賃金がそれなりには出るけど、魔法使いはお金持ちのわりにケチなので、労力に見合った対価ではないと僕は思う。所長なんか、働きすぎで完全に割に合わない。魔術師ギルドはもっと彼女にお金を渡すべきだ。
「テムズさんを部屋に連れてってあげてほしい」
僕は彼をサムに引き渡した。
ギルドの地下には、彼みたいな人の一時滞在の部屋や牢がある。
テムズさんは、事が落ち着くまで彼はしばらくそこに滞在になるかな。
僕とリルは2階の所長の部屋に行った。
「ねーえ、ステファン、あんたって、けっこう所長のこと好きでしょ」
通信用の水晶を用意しつつ、リルが聞いてくる。
僕は眉間に皺を寄せた。彼女はこういう話が好きだから、対応に困る。
「――何を言ってるんですか。――所長のことは、尊敬してるよ」
「そお? でもどっちかっていうと、年上の人、好きよね」
リルは長い黒髪を片方の耳にかけると、微笑む。
「年上のお姉さんはここにもいるわよー」
……。
僕はため息をついた。
「早く連絡しよう」
「……つまんないわねぇ」
リルは頬を膨らませると水晶に手をかざした。
水晶は鈍く光ってぼやぁっと黒いフードの男を映した。マルコフ王国の王都にある魔術師ギルドの魔法使いのサミュエルさんだ。
『おー、ステファンじゃん。ついにギルド職員になった?』
サミュエルさんはぴらぴらと手を振った。彼は王都にいるから会うことは滅多にないけど、素材採集の依頼をされたり、違法者の取り締まりの連絡なんかで何度かお世話になってる。魔法使いにしては気さくな感じの人で――言い方を変えると馴れ馴れしいので、話すと調子が狂ってしまう。
「なってません。所長に代わって報告します」
『どうだった? 捕まえられた?」
「……いいえ。誰もいませんでした。……いえ、テムズさんが誰かに漏らしたってことはないと思います。……僕が彼を連れてくるときに、もっと注意するべきだったかもしれません。……『気にすんな』ですか。ありがとうございます」
『じゃあこの件は引き続きよろしくー、夜遅いし、またな!』
ぴらぴらと手を振って、サミュエルさんは水晶から姿を消した。
「夜番も残ってくでしょー? お酒でも飲む?」
「ふぅ」と息を吐いて水晶から手を離したリルが聞いてくる。
一応ギルドは夜間対応のため、夜も数人待機してないといけない。
まぁこの街は平和なので、夜間対応といってもほとんど何もないんだけど。
「酒なんかあるんだ」
「所長がいると怒られちゃうから、いないときにね、たまに飲むのよ」
リルは片目をつぶった。
「僕は飲まないけど、リルとサムは飲みたいなら飲みなよ」
いちおう何かあったときのために飲むのは憚られたのでそう言うと、リルは唇を尖らせた。
「真面目ねえ」
***
「ステファンたら、つれないのよ。私が誘っても食事にも行ってくれないんだからぁ」
ギルドの受付の中でぐびぐび酒を飲みながらリルが指で僕の肩をつつく。酔うの早いな。
「たまに皆で飲みに行ってるよね……」
「ふたりでよ、ふ・た・り・で」
「相変わらずモテてるな」
サムが自分の顔くらいの大きさのグラスをあおった。
実際はおじさんなんだけど、小人だから見た目は人間の子どもに見えるので、彼が酒を飲むのを見るたびに無駄にハラハラした気持ちになる。
――モテているのかな、これは。たんに酔っ払いに絡まているだけだと思うけど。
苦笑する僕をまたリルがつついた。
「レイラちゃんまで引き取っちゃって。あんまり所帯染みると、女の子逃げてっちゃうわよ」
「それならそれでいいよ……」
面倒ごとが避けられていいかもしれない。僕はため息をついた。
表面上愛想良く振舞ってしまうからか、女の子に好意を示されることはよくあるけれど、踏み込まれるのが嫌で、そういう相手には距離を置く。そうすると「思っていたのと違う」と勝手に幻滅されて、嫌な気分になることを今まで繰り返している。
「余裕があっていいねえ。そういや、お前にフられたソーニャが、レイラ見て、お前のこと小人好きの変態だったのかってぼやいてたぜ」
――は?
付き合いで飲んでいた水が変なところに入って、僕は咳き込んだ。
「何だそれ? 勘弁してよ……。――そもそもフッたフらないなんて話どこから……。何回かパーティー組んだけど、彼女が初心者だからで……別にそれだけで、彼女とは何もないし……。そろそろ別の人と組んだらって言ったら、勝手に怒って……それから話してないよ」
ソーニャは魔法使いの女の子だ。魔術師ギルドの魔法使いは研修の一環で冒険者ギルドでしばらく冒険者として活動する。彼女も魔法都市の魔法学校を卒業して、ここの冒険者ギルドに研修で派遣されてきた。ここの冒険者ギルドでは、初心者は最初は上位冒険者とパーティーを組むことになっているから、僕とライガはしばらく彼女と行動していたことがある。その時に食事に誘われたけど、ライガと3人でしか行かなかったし、本当にそれだけだ。
頭痛がして頭を抱えたところに、サムが言葉を重ねかけてきた。
「誰も真に受けてないから安心しろ。あの子、その前は、お前とライガができてるって愚痴ってたから」
顔が真っ青になる。なんだそれは。
見ると、サムがにやにや笑っている。
――この小人は見た目はかわいい子どもなのに――表情が完全に『おじさん』だ。
「本当に、勘弁してほしい……」
「お酒、飲む?」
リルが空いたグラスに酒を注いで手渡してくれた。
「……飲む」
ため息をついて、酒を飲んだ。ギルドの夜が更けていった。




