第36話
「ええと、あなたは誰なのかな……」
私はその男の子に近づいた。
「*******!」
男の子は音にならない声で何か叫びながら、私に向かってフーっと威嚇する。
……ん? この感じ……。
その子の耳には、黄色地に黒い斑点模様のふわっとした獣の耳が生えていた。
ナターシャさんと同じ柄だ。でも、場所は頭の上じゃなくて人間の耳の位置。
瞳もナターシャさんと同じ金色っぽい色だけど、そこまで猫目じゃなくて、どちらかというと垂れ目がちな優しげな印象。
……この子、ナターシャさんとテオドールさん混ぜて割った感じだ。――つまり、二人のお子さんじゃないかな!
「あなた、ノアくん?」
そう聞くと、男の子ははっとした顔で一瞬止まってから、また何か叫んだ。
ノアくんはノアくんなんだろうけど……、これじゃ何言ってるのかわからないな。
面倒見るにしても、まずは落ち着いてもらわないと。
そうだ、『祈り』って、魔物を鎮めるんだから、暴れてる人も鎮められる?
私は彼の前で手を組むと祈った。
「女神様、この者の心を塞ぐものを取り除き、安らぎと安寧を願います」
目を開けると、ノアくんが何やら寝起きのような、ぼんやりとした顔で私を見ていた。
それから、驚いたように「あれ……、声が出る…」と呟いて、自分の喉に手を当てて「あーっ、あーっ」と繰り返した。
あれ、リルさんがかけた声が出なくなる魔法も解けた……?
私は首を傾げた。でも、今はそれより。
「落ち着いた? あなた、ノアくんですよね?」
私は腰を落とすと、縛られている彼と目線を合わせて、できるだけ優しく言った。
神殿では子どもはいなかったし、自分より年下の子と話したことがないので、どう接すればいいのかわからなくて緊張する……。
「――あんた、誰?」
ノアくんはこちらを睨む。
それもそうですね。まず自分から名乗らないと……。
見た感じ、11、12歳かなぁ……。
ナターシャさんの息子さんがこんなに大きいと思わなかった……。けっこうしっかりしてそうな子だから、きちんと接した方がいいかも。
――私だって見た目のせいで子ども扱いされるの嫌だし。
「私はレイラです。冒険者ギルドに登録していて、あなたのお母さん――所長さんにとってもお世話になっています。よろしくお願いしますね。先に言っておきますが、小人と人間のハーフで16歳なので、冒険者登録は問題ありません」
頭を下げると、ノアくんは少しびっくりした感じで、少し目を見開いてから、ぺこりと頭を下げ返した。
「私は、私の仲間が仕事でこの森に行くって言っていて、私はお留守番だったから、……迷惑かなとは思ったんですけど、私でも役に立てるんじゃないかなと思って、ついてきてしまったところ、さっき見つかってしまいました」
私がゆっくりそう言っている間、ノアくんはじっと私のほうを見ていた。
「ノアくんは、どうしてここに?」
首を傾げると、ノアくんは首を横に向けて木の方を見た。
「母さんが、現場に行くの久しぶりだから、何かあったらって思って……」
あれ、こういうところもお母さん似ですか……。耳の色が少し赤くなっている。
私は思わず微笑んで言った。
「心配してついて来ちゃったんですね」
「……ちがうっ」
今の言い方はちょっと子ども扱いしちゃったかな。
ノアくんは木の方を向いたまま、猫のように丸まってしまった。




