第33話(ステファン視点)
「それ、初めて着てきたよね」
食事を待つ間、僕はレイラに話しかけた。
今日、彼女はこの前作った青いワンピースを着ている。ここ数日で初めて見るやつだ。
「……そうなの……!」
レイラは「待ってました」とばかりに椅子から立ち上がって、くるりと回った。
「どうかな」
このやりとりはここ数日の日課になっている。
「すごく似合ってるよ」
僕はにっこり笑った。
このやりとりをすると、彼女は、僕だったら誕生日にずっと飼いたかった自分の馬を買ってもらったときくらい嬉しそうな顔をするので、やらないわけにはいかなかった。
……まぁ、実際似合ってるけど。どこかの貴族のご令嬢が持っていそうな人形みたいだ。
仕立て屋のおばあさんに見せに行ったら、客寄せのために店先に立っててくれないかとお願いされたくらいだし。
「ライガはどう思う?」
レイラは続けて、寝癖をせっせと手ぐしで直している狼に聞いた。
あいつはじっと見た後に、壁の方を向いて、「まあ良いんじゃねぇか」とつぶやいた。
僕は苦笑してレイラに言った。
「……あれは、『かなり似合ってると思ってる』ってことだね」
それから、熱心に毛並みを整えているライガに、
「――ライガ、寝癖が気になるなら人間に戻れよ」
そう言うとライガは「そうか」と呟いて人の姿に戻った。再びレイラに視線を移すと、何か考え込んでいる様子だ。
「やっぱり、ナターシャさんとライガってちょっと反応が似てるよね。……獣人さんって、みんな照れ屋さんなのかな。今日、テオドールさんがナターシャさんの旦那さんって話を聞いたんだけど」
話しながらレイラの声がだんだん大きくなって、早口になるのがわかった。
「……それで私のいた神殿では、持たない人に寄り添うために、神官は自分のものを持ちたいっていう欲を捨てて、結婚もしないという教えだったんだけどね。テオドールさんの神様の教えは、『自分を幸せにすることで、みんなを幸せにしなさい』なんだそうです。で、で、テオドールさんてば、自分の幸せはナターシャさんと結婚することでしたって、ってはっきり言って」
「きゃあ」とレイラが顔を押さえた。
「そしたら、ナターシャさんが壁の方を向いたまま『早く戻れ』って言ったんですけど、耳がちょっと赤くなってて、獣人さんの、あのふわふわの耳が赤くなるの、反則的に可愛くないですか!?」
「……うん、僕もそれは同意するね」
僕はうなずいた。所長の様子が目に浮かぶようだ。
あの夫婦はいつもだいたいそんな感じで、羨ましいやら微笑ましいやら苛立たしいやらという感じなんだけど。
レイラは水を飲んで一息つくと、「それで、私何の話をしていましたっけ?」と首を傾げた。
「所長とライガの反応が似てるとか……っていう話。似てる……かな?」
僕は首を傾げた。まあ確かに、言われてみれば……。
「似てねぇよ。どこがだよ」
ライガは壁の方を向いたまま、ぼやく。
――頭だけ、狼に戻して、身体は人間のまま。
……これは、寝癖が気になって人間の姿になったものの、表情を見られたくなくて、また頭だけ狼にしたんだな。
僕はレイラと顔を見合わせると、笑った。
「あぁ、似てるね……、確かに」
そんなことをしてる間に料理が届いた。
僕とライガにとっては朝食兼昼食、レイラにとっては早めの昼食を食べる。メニューはミートソースパスタだ。先日もらった大量のトマトをいつもお世話になっているお返しに女将さんにあげたので、しばらくそのトマトを使ったメニューを用意してもらっている。
「わぁ、今日も美味しいです!」
勢いよくパスタを口に吸いこむレイラが微笑ましく、口元が緩んだ。
大丈夫、この子は普通の、可愛い女の子だ。




