第32話
テオドールさんが帰った後、結局すぐに所長さんも、リルさんたちに「悪いけど、後はお願いね」と声をかけて、ギルドを出て行った。
私は受付の椅子に座って、宿屋の女将さんにもらったサンドウィッチを出してかじった。
やったぁ、今日はハムがたくさん入ってる。
何度かこうやって兵士さんとか火竜とか他の人に祈って気づいたんだけど、何かに対して集中して祈ると、とても疲れるし、お腹が減る。
大神殿で祈ってた時は、朝から晩までひたすら壁に向かって顔も知らない人たちのために祈りの言葉を呟いていて、ずっとお腹が減ってた状態だったから、頭がぼーっとして、自分が何をしてるんだかわからなくなって、疲れるとかあんまり感じなかったんだけど……。
「この人たちのために祈る」って意識して実際の人を前に祈ると、瞬間的に使う力が大きくて疲れるし……。
あと神殿を出てから、美味しいものをたくさん食べて、お腹いっぱいで元気! っていう状態が普通になると、祈った後に、その元気な状態と比べて疲れたなぁっていうのを余計に感じる。
「今日はこの後どうするの?」
リルさんが私に聞いた。
「ええと、ステファンとライガとお昼を食べて、それからステファンに馬の乗り方を教えてもらいます」
「ああ、あの行商さんの馬ね。売らなかったのね」
そう、テムズさんを連れてきた報酬で、テムズさんの布だけじゃなくて馬も二頭もらったの。
それも売ろうかってステファンとライガが話してたんだけど、結局、役に立つかもしれないし、しばらく飼おうって話になったんだ。
「チャイとクロって名前にしたんです」
「色が茶色と黒だから?」
「当たりです」
「やっぱり」
リルさんは「分かりやすくて、かわいい名前ね」と微笑んだ。
馬は大神殿でも貴族の人が乗ってくるの、遠目に見たことがあったけど、近くで見るのは初めてだったから、じーっと見てたら、ステファンが「馬は人の友達だよ」って言ってきたんだよね。
「乗れると便利だし、荷物も持ってくれるから、遠くに行くときには欠かせないんだ」って。
それで乗り方を教えてくれるっていうから、その言葉に甘えることにした。
だって、乗って走ったらとっても楽しそう。
「忙しいわね」とリルさんが言ったので、私は「そうなんです」と笑った。
***
「朝からギルドに行ってたんだよね、お疲れ様」
宿屋に戻ると、食堂でステファンが手を振ってくれた。
テムズさんの布を売ってお金がたくさん入ったということで、二人はしばらく仕事は休みだそうだ。
「よく早起きできるなぁ。俺はいつまででも寝てたいぜ……」
狼の姿になっているライガはぼんやりした目で机にべたっと寄り掛かっていた身体を起こした。宿屋の中はリラックスのため狼姿らしい。ライガは人間の姿よりも、狼姿の方が落ち着くんだって。
「ライガ……、癖になってるよ」
机に突っ伏していたせいか、身体の半分の毛が全部同じ方向に流れていて、私は思わず吹き出した。




