第31話
「ふたりとも朝からお疲れさん。はい、レイラ、報酬」
受付で高い椅子に座って顔を出した小人のサムさんが銅貨を握らせてくれる。
――こんなちょこっと祈っただけでお金がもらえるなんて、感激……。
「あれっ、前回より金額が増えている気がするんですが……」
私がもらった銅貨の数を数えて首を傾げると、サムさんが答えた。
「所長が上げておけって言うから」
「――レイラが祈ってくれたここ数日の初心者パーティー、怪我人が出てないんだよ」
奥で書類を見てた所長さんが顔を上げて言った。
「まあ、農家に出た毒鼠退治とかそれほど危険じゃない依頼が多いけどね。それでも『足を噛まれて動けなくなった』ってやつとか何人か出てくるんだけど。それが全くないんだ。――現場へ行ったら、魔物が山の方へ逃げていってしまって退治する必要もなかったって話も出てきてさ。だから、本当はお礼はそれでも少ないくらいなんだけど、あんまり金額上げられなくて悪いね」
「神官の先輩として、いろいろ教えてあげるつもりが、これじゃ、逆に私はいらないくらいかもしれないですねえ」
テオドールさんは「ははは」と頭を掻いて笑った。
同時に「おはようございまーす」と声を響かせて、リルさんが出勤してくる。
「そういえば、テオドールさんは報酬もらってらっしゃいませんよね?」
私はふと気づいて、テオドールさんに聞いた。
「身内だからいいんだ」
彼の代わりに、耳をピンと立てた所長さんが書類を見たまま答えた。
……身内?
「ナターシャ、私は教会に戻るけど、君はまだ作業するんですか?昨日も帰ってこなかったでしょう、少し休んだ方がいいと思いますよ」
テオドールさんは所長さんに呼びかけた。
「いや、まだ……」
言いかけた所長さんの言葉をリルさんが遮る。
「ナターシャ、あとは私やっておきますし、家に帰ってゆっくりしてください。ノアくんだって寂しがってるんじゃない?」
「アタシのことなんて、面倒がってるだけだよ、あいつは」
所長さんはぶっきらぼうに返した。
私は会話が読めずに頭に「?」を浮かべて首を傾げた。そしたら、それを見たリルさんが教えてくれる。
「テオドールはナターシャの旦那さんよ。ノア君は息子さん」
「え! そうだったんですか!?」
びっくりして大きな声が出てしまいました。
「別に隠してるわけでもないんですけどね」
テオドールさんは照れたように笑った。
テオドールさんとは、何回も一緒にお祈りさせてもらっているけど、気づかなかった……。
それに、
「テオドールさんは結婚されてても、良いんですね?」
私はキアーラの大神殿を思い出した。
光の女神さまの教えは、物を持たず・欲を捨て・持たない人の気持ちになって奉仕すること。
『持たない』には家族も含まれてる。だから大司教様やシスター、神官には結婚している人はいなかったはず。
――『聖女』と王太子様の結婚は国のためだからいいんだって大司教様は言っていましたけど。
「ああ、レイラは光神教の神官ですもんね。私の神の教えは、『自分を幸せに――そしてみんなを幸せに』ですからね。私の幸せは、ナターシャと結婚することでしたから。教義に反していませんよ」
「ヒュー」とサムさんが口笛を鳴らした。
「……早く戻れ」
所長さんは怒ったような声で壁を向いたままぼそりと言った。
黄色地の耳の色がちょっと……赤く変わっている気がする。
照れてます? 照れてるんですか!
お世話になっている所長さんにこんなことを思うのは失礼かもしれませんが……、かわいいです。
ライガもそうですけど、獣人さんって照れ屋さんが多いんでしょうか。
あ、ライガは狼男だから獣人さんとは違うんでしたっけ。
そんなことを考えている私の横で、テオドールさんは「無理しないでくださいね」と心配そうに笑って帰っていった。




