第28話
野菜がおいしいレストランを出ようとすると、ウェイトレスのお姉さんがたくさんのトマトが入った袋を私たちに持たせてくれた。それもテムズさんの布と一緒に馬に背負わせて、今度は布を買い取ってくれる場所へ向かう。
「高く売れるかね?」
ステファンを追いかけて歩いていると、後ろからしゃがれた声がした。
あれ……この声……?
「ライガっ?」
振り返ると、ライガがもらったばかりのトマトを片手に持って、かじりながら歩いていた。
……それは良いんだけど、体が狼に変わっている。
変身して元の人間の体より一回り大きくなったせいか、シャツが膨らんで、ボタンとボタンの間からふさふさした銀色の毛並みがはみだしていた。私は思わず手を伸ばすと、そのふかふかした毛を引っ張った。
「うわ、何触ってるんだよ」
「……ごめん、つい」
触り心地が良さそうだから無意識に手が伸びてしまった……。
「お前、トマト食べるなら、宿とかで食べろ。歩きながら食べるなよ、目立つから」
ステファンが振り返って、回りを見回しながら呼びかける。
周囲の人が何だか怯えた目で二足歩行の狼姿のライガを見ている。
「悪ぃ悪ぃ、つい、おいしそうだったから食べちまった」
ライガは残ったトマトの半分を口に放り込んでもぐもぐして飲み込んでから、しゅるしゅると人間の姿に戻った。それから「何でもないですよ」みたいな感じで、周囲の人に上手く笑えていない作り笑いをして、私の服を引っ張ってステファンのところへ急いだ。
「ライガはね、トマト食べるとき、狼になるんだよ」
ステファンが面白そうに私に耳打ちする。
「……何で?」
私が首を傾げると、ステファンもはたと立ち止まった。
しばらく黙って考え込んでから、ライガに問いかける。
「何でだ?」
えぇ……、ステファンもそこは知らないんだ……。
「――狼の口で食った方が美味いからだよ」
「味は、変わらないんじゃないか?」
ライガは考え込んでしばらく黙る。
狼の口だと人間の口と違った味がするのかな?
「今まであんまり意識したことなかったけど――味っていうか――、食感だな。ほら、牙がトマトに刺さる感じが、塊肉をかじる感じと似てるだろ? そうすると、何か旨味が増す気がするんだ」
ステファンは首を左右に傾げながら、怪訝な顔をした。
「……わからない」
「――――いや、本当に旨味が増すんだぜ。意識してかぶりついてみろよ。わかるって」
ライガは馬の積み荷から赤くて丸いトマトを2個取ると、私たちに放り投げた。
「うわ」っと声を上げてキャッチする。
私はその真っ赤なトマトをじっと見つめた。
塊のお肉をかじる感じ。
焼肉で食べた薄切りのお肉じゃなくて、大きなお肉の塊を食べる、ってことでしょうか。
想像するだけで美味しそう。このトマトをお肉の塊だと思ってがぶっと食べてみればいいのね。
横で早速ステファンが一口かじって呟いた。
「……わからない。普通に美味しいけど」
私も真似して両手で持ったトマトに噛みついた。
トマトの皮に牙が刺さる。皮が破れて、実がくちゃっとつぶれて、果物とはちょっと違う、爽やかな甘い汁が口いっぱいに広がった。
これは、塊のお肉。そう思って食べることで、その甘さが予想外の味に感じられて、余計に美味しくなった気がした。
「美味しい! 甘いけど、甘すぎないです。さっきのサラダのトマトより、こうやって食べた方が確かに美味しい気がする……」
言いながら、残りも口の中に放り込んでもしゃもしゃと食べた。
「だろ、やっぱりそうだよな。お前、よくわかってるじゃん」
ライガはうんうん、とうなずく。
「……」
そこで私はステファンが私をじっと見ていることに気が付いた。
「あ、口の周りについている……かな」
私は慌てて口を隠した。
「……ううん、大丈夫だよ」
ステファンは首を振ると、馬の手綱を持ち直した。
「……さて、これを売りに行かないとね」




