第214話
「魔族は滅ぼさねば……、私の家族を仲間を奪って喰らった魔族を……」
悠久の大木の半分が焼け焦げてしまったからか、弱ってしまったのか地面に倒れこんだまま、呻くようにエルフの族長さんが声をあげました。
さっきまで操られていたリンドールさんが頭を抱えながら起き上がります。
「私は……、何を……」
リンドールさんは対峙する私たちと魔族の人たち、それから歪んだ空間――魔族の隠れ里への入り口を見て身構えました。
「――魔族? この歪みは空間魔法?」
「リンドールさん! 元に戻ったんですね! 良かった!」
「元——に?」
「リンドール、お前たちエルフの里の者たちは族長に操られていたんだ」
エドラさんが状況――私たちが森から出られなくなったこと、エルフの里に戻ったら皆さんが襲い掛かってきたこと、私の持っていた緑の石を使って族長さんが魔族の里への入り口を開いたこと――を、早口でまとめて説明してくれました。
リンドールさんは「そうか」と呟くと、自分の手を見つめます。
「——感覚としては、覚えている。アイグノール様や、森に還った先人たちの、魔族への憎しみの感情が、私を満たしていた。——しかし、」
リンドールさんは「滅ぼさねば」とうわ言のように繰り返す族長さんに駆け寄り、その枯れ木みたいな手を取りました。。
「アイグノール様……、私たちは誰ももう、魔族との争いを望んでいません。エルフが受けた痛みは過去のものとなりました。私たちは過去の痛みを返すために、今に犠牲を出したくないのです」
それから、燃えて半分になってしまった悠久の大木と、同じく燃え広がった火で焼け焦げてしまった森を見まわして言いました。
「魔族に家族や仲間を奪われ、恨みを持ったまま森に還って木々になって、森は恨みの感情で満たされていた。森に積もった魔族に対する恨みが、アイグノール様や我々をおかしくしてしまっていたのかも、しれない」
私は森で聞いたいくつもの怨嗟の声を思い出しました。
あの声を発していた木々は燃え落ちてしまったみたいですけれど、——なんだか、それで良かった気がしてきました。あの人たちって、木になったまま、ずっと憎しみの気持ちを抱えていたってことですよね。それって辛すぎるんじゃないでしょうか。
そんなことを考えていたら沈黙を破るようにお祖父さんが言いました。
「これ以上、我々を害する意思はないというのは本当か」
お祖父さんの問いかけにリンドールさんは頷きました。
「お前たちが、これ以上我々を襲う気がないのであれば、我々はもう、お前たちに干渉しない」
「――そうか、ならば我々も無駄な争いをするつもりはない。里へ戻って静かに消えていくのみだ」
そう言ったお祖父さんは振り返ると魔族の人たちに言います。
「――帰るぞ、我々の里へ」
それから最後に私を見ると、目線を合わせて泣きそうな顔で笑いました。
「ユリアに本当によく似ている――。一目でも会えて良かった、レイラ」
名前を呼ばれて、私も瞼が熱くなってしまいました。
お母さんはお父さんが言っていたように、いつかお祖父さんに会えるようにと私に緑の石を持たせたたんでしょう。
「私もです」と頷きました。
——きっと、もう、会うことはないでしょうけれど。
それから――魔族の人たちは空間の歪みの中へ次々と戻って行って、最後にその入口が閉じると、ぴきっという音とともに砕けた緑の石だけが残りました。
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それから――、私たちはリンドールさんの家に戻って休ませてもらいました。
「アイグノール様は弱りきってしまった。全員が目覚めたら我々は次の族長を決めるだろう」
リンドールさんはそう言って、まだ目を覚まさない奥さんとお子さんを見つめながら呟きました。
「マイグリン、お前はどうする? 族長が変われば、お前が里にいても問題はなくなる。族長は、子のいる年長のエルフから選ぶことになるが、お前も対象にはなるはずだ。——しかも、お前は、養子とはいえアイグノール様のお子にあたる」
お父さんは首を振りました。
「いや、俺はここを去ろうと思う。せっかく会うことができたんだ。レイラと一緒に過ごしたい。レイラはエルフの里に残るつもりはないだろう?」
お父さんに聞かれて、私は頷きました。
「私はステファンやライガと一緒に冒険者を続けるつもりです」
「それなら、俺はレイラと一緒に、里の外で暮らす」
「嬉しいです!」
私はお父さんの手を持って飛び跳ねました。
「お父さんが落ち着くまで、しばらくは、僕の実家の領地に滞在したらいいよ。アイザック、構わないよな」
ステファンに聞かれて、アイザックさんは強く頷きました。
「落ち着くまでといわず、兄上たちと一緒に長くいてください」
「ありがとうございます!」
帰れる場所があるっていうのは、とても心強く感じます。
リンドールさんは、次にエドラさんに聞きました。
「——そうか、悪食、お前はどうする」
エドラさんは、首を振りました。
「私もまた外に戻る。——友人が待っているからな」
「そうか」とリンドールさんは頷くと、奥さんとお子さんを見つめて呟きました。
「——この子も、もう少し大きくなったら、森の外を見せてやってもいいかもしれない」
そして、日が昇って朝が来ました。




