第209話
私たちは大木が茂る森をエドラさんを先頭に進んで行きます。
このまま森を抜けると、辺境地に戻れるそうです。
「レイラ、父ちゃん連れ帰れて良かったな」
お父さんを背負ったライガがそう言ってくれたので、私は「はい」と笑顔で頷いた。
――一緒に帰れるなんて、思ってなかったですから。
背負われたお父さんはさっきまでの会話で体力を使い果たしてしまったのか、動かなくなってしまってる。
……ステファンの実家に戻ったら、ゆっくり色々とお話できればいいですね。
何を話せばいいか……ちょっとわからないですけど、とりあえず、ステファンのこととかライガのこととか、ナターシャさんとかマルコフ王国の冒険者ギルドの人とたちのこととか、今まであったことを話したいです。
私たちはずんずん森を進んで行きます。
森は隙間なく茂った大きい木の葉っぱでただでさえ暗いのに、だんだん日が沈んで行って、暗闇になっていきます。
「エドラヒルさん、森を抜けるまでどれくらいかかりますか?」
ステファンの問いかけにエドラさんは首を傾げました。
「暗くなる前には……抜けられると思っていたが……」
「兄上、ここは水の魔力が強くて、火がつきにくい。野営をするなら、この辺りでした方が良いと思いますが、火が使えませんね。これじゃあ」
松明代わりに抜いた剣に火をつけようとしたアイザックさんが首を傾げながら言いました。剣には一瞬火がぼぉっと灯りましたが、すぐ消えてしまいました。
……確かに。
耳を傾けると、森の中はザァァァという水の精霊の移動音と、サァァァという風の精霊の移動音で満ちていて、私の周りにいつもしている火の精霊の足音がしません。
「――じゃあ、温かい食事は無理なのか?」
ライガが「げ」と嫌そうな顔で呟きます。
「エルフの森に入ってから、まともなもん食べてないから腹が減ったよ」
里ではお花しか食べれませんでしたもんね……。
私も焼いたお肉食べたいです……。
「いや……」
エドラさんは一人浮かない顔で考え込むような表情をしています。
何だか嫌な感じがしますね。私はエドラさんに話しかけました。
「どうかしましたか? エドラさん?」
「――森がおかしい気がする。木の精霊の気を読んで外に向かう方向に進んでいるつもりが……、進むたび、方向が変わる」
「……それって……?」
どういうことでしょう。
「――リンドールは、族長を封じている時間は限りがあると言っていた。野営をするような時間まで魔法が持つとは思えない。本当ならもう大樹の森を抜けていていいはずだから、――おかしい」
「エルフの族長がもう目を覚ましている可能性があるってことですか?」
ステファンが顎に手を置きながら、そう聞いた。
エドラさんが「そうだ」と頷く。
――え、族長さんが私たちがお父さんを木に閉じ込めてたこの大樹の森に入ったことに気づかないようにエルフの人たちは空間魔法っていうので、族長さんを封じてくれてたんですよね……?
「族長さんが目を覚ましてるってことは、私たちがここにいるのわかってるってことです……よね」
そう呟くと、エドラさんはまた「ああ」と頷いた。
「族長が一体化している悠久の大木と、この大樹の森の木は全て繋がっている。私たちのことを、たぶん、見ている」
ざわ、と木が騒めいた気がした。
「……気づいてるから、森から出れないんでしょうか?」
「たぶん。外に出す気がない」
その通り、と返事をするようにまた周囲の木が不自然に騒めいた。
「気持ち悪ぃな」とライガが呟く。
私はその木の声を聴くように耳をそばだてた。
お父さんが私の名前を呼んでいたように、微かな言葉が音の中に混ざる。
いくつも重なった声が唸っていた。
――裏切りもの。
――魔族と通じた。
――外には出さない。
――魔族の里。
――最後まで追って滅ぼす。
その耳に絡みつく様な怨嗟の声に私は思わず耳を押さえた。
エドラさんの方を見ると、やっぱり顔をしかめている。
「――何か聞こえた?」
ステファンが心配そうな声で聞いた。
「何か……色んな人の魔族に対する恨みの声といいますか……」
「色んな人?」
エドラさんは深刻そうに眉をひそめた。
「大樹の森の木々は、かつてエルフだったものだ。森全体を統べる悠久の大樹――族長の意思に木々が引きずられているのだろう」
エドラさんは私たちを見回して言いました。
「このままここから外に出るのは難しい。――一度、エルフの里に戻る」




