第199話
それから二月ほどして、王都の方へ避難していた使用人の人が戻ってきたり、領地内に避難していた辺境民の人たちが辺境地に戻って行ったり、ステファンのところの領地の様子が落ち着いてから私たちはエルフの住む悠久の森に向かって出発することになった。
辺境騎士団の人が何人か、アイザックさん、フィオナさんがついてきてくれることになった。ここから悠久の森までは、15日以上はかかるみたい。行けるところまでは馬車で行くことになった。
「ヴィクトリア……、行ってきます」
「はい。気をつけて行ってきてくださいね」
アイザックさんは見送りに来てくれたヴィクトリアさんに語り掛ける。
このお二人は何だか急に仲良くなりましたね。
「エルフどもは……偏屈だからな。こちらも強気で出ることが……大切だ」
ちょっと元気になったステファンのお父さんも、お母さんに車椅子を押されて見送りにきてくれます。
「成程。確かに我々は偏屈だ」
エドラさんがふむ、と頷いて、イザベラさんがお父さんをたしなめる。
「あなた、エドラヒルやレイラさんにお世話になっておいてその言い方は……」
「構わない。確かに、強気な態度で応対する必要があるだろう」
エドラさんはうん、と頷いてからイザベラさんに声をかける。
「君の元気そうな姿を見れて良かった」
イザベラさんは「エドラヒル」と名前を呟いてから、笑いかけた。
「……ステファンのことを本当にありがとう」
エドラさんは「こちらこそだ」と呟いてから馬車に乗った。
……エドラさんはイザベラさんにも会いたくて私たちについてきてくれたと思ってたんですけど……、こんな感じのお別れで良かったんでしょうか。
滞在中も屋敷内はばたばたしていて、イザベラさんは目を覚ましたレオンさんのお世話もあったりでずっと忙しそうで、エドラさんとゆっくりお話ししているところも見なかったです。
***
辺境地はしばらくずーっと草原が続いている。
移動はとってもスムーズだった。
「アイザックお兄様、前方1時の方向、翼狼の群れがいるわ」
馬車に乗ったフィオナさんが目を閉じたまま、アイザックさんにそう告げる。
目を閉じているときは、使い魔の鬼兜の視界を借りているそうです。
使い魔……羨ましいなぁ。私も使ってみたい……。
できれば鬼兜より、猫とか犬の方が良いですけど……。
「わかった」
アイザックさんは一声そう答えると、馬に乗ったまま腰に背負った剣を抜いて、ぶんっと言われた方向に振り下ろします。
そうすると、剣先から飛び出した炎の太刀がそのままずっと先まで飛んでいって……、耳先に何か獣の声みたいのが聞こえました。
そしてしばらくそのまま馬車で走って行くと、路傍に羽の生えた狼が一頭、焦げて落ちていました。
「群は逃げたみたいだね」
ステファンは焦げたそれを確認すると頷いた。
「ここで野営しようか。翼狼ももうこのあたりに戻ってこないだろうし」
「これが翼狼ですか?」
野営するときにステファンに聞いてみる。
「そうそう。辺境地にしかいないかな。空から襲ってくるから出くわすと厄介なんだよね……。群だしね」
それから苦笑じゃなくて、笑って言います。
「……アイザックとフィオナがいると、道中楽だね」
「そうですね」
「僕も仕事しないと。夕食の準備するから、火を起こしてもらっていいかな」
ステファンは調理器具を馬から降ろし出しました。
「――肉がもう少しあってもいいな」
「じゃあ俺何か獲ってくるわ」
ライガが草むらに消えていきました。
私たちの仕事はもっぱら食事の準備係です。
私は枯草や木の枝を集めると、杖を握って「えいっ」っと炎を起こそうとして……、ぼんっと軽い爆発を起こしてしまいました。
小さい火を起こすのって難しいんですよね。
「火の精霊を集めすぎだ。もう少し散らせ」
エドラさんが横によいしょ、と腰掛けると、自分の杖を持って言います。
水の精霊の動く音がして、火の精霊が逃げて行くのを感じて私はもう一度炎を起こします。
「できました!」
今度はいい具合に火が起きました。
ぱちぱち燃える火の加減を調整しながら、私はエドラさんに話しかける。
「エドラさんはイザベラさんと会って……どうしたかったんですか?」
「どうしたかった、とは」
「……ずっと会っていなかったんですよね。どうして、会いに行こうと思ったんですか」
「――――イザベラの息子を見て、時間の流れを実感した。彼女に会うことで、時の流れを受け入れたかったというべきか」
エドラさんは火を見つめながら言葉を続ける。
「人はすぐ死んでしまう。そのことを私は受け入れられなかったが……しかし……お前たちとの行動は色々と変化が多く面白い。変わることも、悪くないと思えた」
「――エドラさんはエルフの里に帰るんですか?」
「まだこの匂いじゃ、肉臭くて里で受け入れてくれないだろうな」
エドラさんは自分の匂いを嗅いで呟いた。
「まだしばらく人里にいてもいいかもしれん。まぁ、オリヴァーが死ぬまではいてやろうかなと思っている」
「――そうですか」
私も長命なら、ステファンやライガがお爺ちゃんになった時にどう思うんでしょうね……。
私は気になっていたことを聞いた。
「エドラさんはイザベラさんとお付き合いしてたっていいますけど……、後悔とか、ないんですか? 結局、一緒にはいられなかったんですよね……」
「――後悔は、ないことはないが」
エドラさんは私をじっと見つめた。
「それでも、あの時は楽しかったと思う。今はそれで良いと思っている」
その時、
「あら、レイラ、杖真っ黒じゃなくなったのね」
後ろから声がして振り返るとフィオナさんが私の杖を見ていた。
一時期、火の精霊力を与えすぎて真っ黒になっていた杖は今緑色っぽい蔦の色に戻っている。
それから、私とエドラさんの杖を見て、首を傾げる。
「よく見たら、二人の杖って私のと一緒じゃない? 蔦の色合いが……」
そう言って差し出してきたフィオナさんの杖はよく見てみると、私とエドラさんの杖と同じ蔦の色をしていた。
「私のはお母様の杖を分けてもらったんだけど……、もしかして」
フィオナさんはぽんっと手を叩く。
「エドラヒルさんとお母様は魔法都市で一緒にお仕事していたのよね。同門だったりするのかしら?」
「イザベラの杖は私の杖を分けたんだ」
エドラさんは懐かしむようにそう答えた。




