第20話(ステファン視点)
「それで、僕らはルシドドの町でこの方――布商人のテムズさんにマルコフ王国までの道中の護衛を依頼されまして、ちょうど戻る途中だったので引き受けたんです」
僕はこのギルド所長のナターシャさんを前に今までの経緯を説明した。
「ここから1日半の位置で突然、火竜に襲われたんですが、積み荷の中に竜の卵があったので、テムズさんをとり押さえました。火竜は卵を取り戻そうと馬車を襲ったようで、卵を返したら山に帰って行きました」
猫科の獣人のナターシャ所長は「ふむ」とぴくりと耳を揺らした。
獣人の女性のこの耳の動きはとても可愛いと思うので、いつもつい見てしまう。
「ここまでの内容に間違いはないな」
所長に睨まれて、テムズさんは「はい」とうなだれた。
「ルシドドで、ルシドド山の火竜の卵を回収したという男から、マルコフ王国まで商品に隠して卵を運ぶように頼まれました。――金に目がくらんで、悪かったと思っています。卵は、一週間後、この西端の街の外れの森で、名前は知りませんが取引相手に渡す段取りになっていました」
所長は僕を見て笑った。
「――よくやった。しばらく前に南の方の街道でも竜に行商が襲われる事件があってな。護衛の冒険者も行商人も死んでしまったから、原因も状況も全くわからなかったんだ。もしかしたら、今回と同じく卵を運んでいて竜に襲われたのかもしれない。密売人を無事に連れてきてくれて、しかも取引相手まで吐かせてくれるなんて助かるよ」
「これで、私を魔術師ギルドに引き渡さないでもらえますか――?」
テムズさんは懇願するように僕と所長を見比べた。
「小人ハーフの少女の人身売買もしていたと門番から情報が来ているが」
所長がテムズさんを鋭い眼光で睨んだ。
「それは、間違いです。まあ、『その罪も増やせるよ』ってことで僕が言っただけで……」
あはは、と笑ってごまかした。
嘘も方便というか、脅しでそう言っただけだ。
所長は呆れ顔で聞いてきた。
「じゃあ、お前たちが連れてきたあの少女は?」
「――キアーラ王国で聖女をしていて、国を追い出されたと言っていました」
僕は声を小さくした。
所長は信頼できる人なので、別に事実を言っても問題はないだろう。
「国を追い出された? 罪人か?」
所長は大きな猫のような目の瞳孔を開いた。
確かに『国を追放』って言葉だけ聞くと、何か大きな罪でも犯したような気がするけど……。
「そうはとても見えないですね。いい子だと思いますよ。キアーラ王国でかなり厳しい暮らしをしていたみたいで、食事も満足に食べさせてもらえなかった――というようなことを言っていました」
「それは可哀そうだな。キアーラは……ギルドがないから内情がわからないんだよなぁ……」
所長は耳を抑えて唸った。
「あそこの国は光神教の神殿がかなり力を持っていて、魔物を抑え込んでるだろう? それ自体は良いことなんだが……」
魔術師ギルド・冒険者ギルドは各地の魔術師や冒険者が作った国際組織だ。
所長のような獣人族の亜人種は戦闘能力が強いものも多いため、冒険者として名前をあげる者も多いが、もともと、大陸で大多数を占める人間に迫害されて、売買組織に物のように売られたりしていた。
亜人種の割合の高い冒険者ギルドは、同族の迫害を取り締まりの対象にしているので、ギルドを置いている国では亜人種への迫害は少なくなっているけど、キアーラ王国にはギルドがないので内情がわからない。
レイラは見た目はどう見ても16歳には見えないけど、話している内容なんかはそんなに幼いようでもないし、それにあの竜を一瞬で鎮めた魔力を見ると、どうも人間じゃない気がする。
光神教の神官の職に人間以外がついているというのは聞いたことがないし、彼女がキアーラで、シスターの最高位職である『聖女』をやっていたというのは、どうにも不自然だ。
彼女は、そもそもどうしてキアーラの大神殿にいたのだろうか。
「あの、私は! 魔術師ギルドに引き渡しは、ないですよね」
テムズさんが大きな声で言った。
そうだった。レイラのことは気になるけど、そもそも竜の卵の密売の話だった。
「――協力してくれるなら、通商権の1年停止で済ませてやる」
所長はテムズさんと目線を合わせると、鋭い眼光を光らせて言った。
「取引場所まで、アタシたちを連れて行け」




