第197話(ステファン視点)
「親父さん、目覚めて良かったな!」
「こんなに即座に回復するのはさすが父さんというか……」
「よかったですねえ」
「これでアイザックお兄様の結婚式もできるかしら」
父さんの部屋を出て、僕ら兄弟とレイラとライガとエドラさんでお茶を飲んでいると、アイザックが思いつめたように手を上げた。
「兄上、フィオナ」
「――どうした?」
「少し、相談したいことがあります」
僕らは顔を見合わせる。
「ヴィクトリア様の件で。先日、兄上とフィオナに、ヴィクトリア様にきちんと気持ちを伝えろと言われましたが、――どのようにお伝えしたらよいのかと、思案したものの、わからないのです」
僕とフィオナは顔を見合わせた。
「いや、普通に思っていることを口で言いなよ」
「私は、ヴィクトリア様を前にすると、言葉がうまく出なくなってしまうのです」
「そこは、頑張りどころだと思うわ、お兄様」
フィオナの言葉に、アイザックは困り顔で黙ってしまった。
「――お手紙を書いてみる、とかはどうでしょうか」
レイラが「はい」と小さく手を挙げて発言した。
「口を挟んで、すみません……」
手紙、ああ、それは確かに良いアイデアかもしれない。
僕はぽんと手を叩いた。
「――それはいいかもね。やっぱり、きちんと口で伝えた方がいいとは思うけど、その場で話すのが難しいなら、手紙を読めばいいんじゃないかな」
「確かに。レイラさん、ご提案ありがとうございます」
アイザックは律儀に頭を下げる。
僕はポケットからメモ帳とペンを出すと、アイザックに渡した。
「箇条書きとかでもいいんじゃないか。思いついたことをとりあえず書いてみると筆が進むよ」
「では、書いてみます」
「アイザックお兄様、今、ここで?」
フィオナの驚いたような声。
「やる気になった時にやっておきたいんだ」
アイザックはそうフィオナに返すと、さらさらさらと、文章を書いてペンを置いた。
「これで……どう思いますか?」
不安そうにそう僕らに書いたものを差し出した。
「……読んでいいのか?」
「よろしくお願いします」
『ヴィクトリア様
急ぎの結婚の後、父上の病気、鬼の発生と、貴女に心労ばかりおかけして申し訳なく思っております。しかし私は、屋敷に戻り、あなたのお顔を一目見るたび、疲れも何もかも吹き飛ぶような気持ちでした。私は口下手で、貴女にふさわしい言葉をかける才能も、上手に気持ちを伝える術もありません。しかし、これから先も、あなたの笑顔を守るということだけは誓います。これからもお傍にいさせていただけますと光栄です。愛しています。
アイザック=マーゼンス』
「――お前、文章だと、饒舌になるタイプなんだな……」
僕は驚いて弟を見つめた。
こいつの頭の中には、こんな言葉があったのか。口に出さないからわからない。
「――こんなことをお伝えしたら、変でしょうか」
「――なかなか、よいと思うわ」
「素敵だと思いますよ!」
不安顔のアイザックにフィオナとレイラがうなずいた。
女性陣の評価がよく、安心したのかアイザックはほっとした顔をした。
「では、こちらを読んで、ヴィクトリア様に気持ちを伝えて参ります」
「――花など、添えてもいいかもしれないぞ」
そこで、今まで黙っていたエドラさんが口を出した。
「――花、ですか?」
「ああ。エルフは想い人には花を贈る習慣がある。私もお前と同じく口下手でな。よく手紙を書いて花を添えて渡したものだ。懐かしい」
……相手は、母さんだろうか。
まあ、そこは聞かないでおこう。
……花、花かあ。
「お花もらったら私は嬉しいですよ!」
レイラの後押しに、アイザックは頷いた。
「それは、いいかもしれません」
「花ならば、いくらでも私が咲かせてやろう。種ならばたくさん持ってきている」
——エドラさんの食事用の花の種だけど。
僕は記憶を巡らせた。
ヴィクトリアの好きな花は……。
僕が思いつくより先に、アイザックが言った。
「――星鈴草の花の種を、持っていらっしゃったりしますか?」
星鈴草——辺境北部に咲く、風が吹くと鈴のような音を奏でる花だ。星のような小さな光も放つ。
なんだ、アイザックも知ってるじゃないか。
エドラさんは残念そうに肩を落とした。
「――すまんが、それは持っていないな。この辺りでしか咲かない花だろう。魔法都市では手に入らない花だ」
「そうですが、いえ、ありがとうございます」
同じく残念そうなアイザックの肩を叩く。
「星鈴草の花の種なら、僕の部屋にあると思うよ」
アスガルドの王都にもない花だから、昔、ヴィクトリアが『初めてこんな綺麗な花を見ました』って喜んでたから、庭で育てようと思って収集してた時期があるんだよね。
部屋のものが片付けられてなかったし、まだあるかも。
「ちょっと待っててくれ」
そう言って部屋に戻って引き出しを漁ると、案の定瓶に入った花の種が出てきた。
「早速咲かせてみよう」
エドラさんが魔法をかけると、にょきにょき種から草が生えて、小さい鈴のような白い花が咲いた。
「わあ、綺麗ですね! 初めて見ました!!!」
レイラが花の茎を持って、ふりふりと揺らすと花がリンリンと鳴った。
僕はその様子に目を細めた。
「音まで綺麗!!!」
「――ついでだから、庭にでも、たくさん生やしてやろう」
エドラさんがとてもやる気になっている。
「――皆さん、ありがとうございます」
アイザックは律儀に頭を下げた。
「そうだ――手紙を、もう1通書きたいと思っています」
アイザックは僕の手帳の白紙のページにさらさらと文章を書いた。
「――手紙って、他に誰にだ?」
首を傾げている間に、文を書き上げたアイザックは、それをライガに手渡した。
「え? 俺?」
予想外のことに驚いた様子で、ライガはきょろきょろと周りを見回した。
「――読んでもらいたい」
アイザックの呟きに、紙に目を向けたライガは、少し目を通して、人間姿から狼になった。
――これは、反応に困ってるやつだ。
ひょいと紙面を覗き込む。
『ライガ様
長い間兄上の支えになってくださり、ありがとうございます。
家を出ていく前も、長い間僕の鍛錬の相手になってくれて、感謝しています。
兄上やフィオナのように君と気軽に話したいと思っていましたが、何を話していいかわからず、いつも無視するような形になってしまい、申し訳なく思っています。
今回の件も、協力していただき、大変助かりました。
これからも、兄上をよろしくお願いいたします。
アイザック=マーゼンス』
「……」
僕は黙り込んだ。
アイザック、ライガと話さないなとは、気にしてたんだけど。
何話していいのかわからなかっただけか……。
「――落ち着いたら、ライガやレイラと一緒に、釣りでも行こうか」
そう言うと、アイザックは、「ぜひ!」と張り切った声で言った。
***
「本当にお疲れ様でした。お父様も目を覚まして……本当に良かったわ。ライガも、レイラさんも、エドラヒルも本当にありがとう」
その日のひときわ豪華な夕食の席で、母さんは僕らにそう言った。
宿営地や移動中は簡単なものしか食べていなかったから、ジェフさんの料理が身にしみる。……うまくいって、生きてて良かったなぁ。
そう改めて思った。
あの時は気持ちが高揚していてあまり怖かったと思わなかったけど、改めて思い返すと、後ろから大量の鬼に追いかけられた恐怖感が頭をよぎる。
……もうやりたくないな、さすがに。
そう思いながら食事を口に運んだ。
食事が終わるころ、アイザックがヴィクトリアに「ヴィクトリア様、後程、少しお話をよろしいですか」と声をかけるのが目に入った。
フィオナが僕の肩を叩いて、ぐっと拳を握って見せた。
***
食事後、フィオナは僕とライガ、レイラ、エドラヒルさんを伴って星鈴草の花を咲かせた裏庭に面する廊下に行った。窓から見える暗い庭には、煌めくような花の光と、かすかな鈴のような音色が響いている。とてもいい雰囲気だ。
「――盗み見は、良くないんじゃないか」
ライガがそう言うと、フィオナは口を尖らせた。
「アイザックお兄様がきちんとお義姉様に気持ちを伝えられるか、きちんと見届けないとだもの。明日からの屋敷の空気に関わってくるから、大事よ」
「――あ、お二人ですね」
レイラが少しはしゃいだように、窓の向こうを指差した。
暗い裏庭に入って行く二人の姿があった。
フィオナが何か呪文をつぶやくと、周りに小さい風が巻き起こって、会話の声のようなものがその風に乗って聞こえた。
『――ヴィ……様、――ですか?』
『――です。ありがとう』
音が不明瞭だ。「……聞こえないわね」とフィオナが呟くと、エドラヒルさんが「私がやろう」と呟いて、呪文を唱えた。すると、今度ははっきり声が風に乗って聞こえて来た。
『ヴィクトリア様、寒くないですか?』
ふふふ、という笑い声。
『大丈夫よ、アイザック、もうそう聞かれるのは3回目だわ』
沈黙。
『――こちらへ。あなたにお見せしたいものがあったのです』
まぁ、という驚いた声。
『ヴィクトリア様……、……あなたに、お伝えしたいことが、手紙を……』
アイザックが言葉を詰まらせる。頑張れ、あとちょっと。
しばらくの沈黙の後、ヴィクトリアが口を開いた。
『――昔、ステファンが私に花が咲いている場所を見せたいって、裏の山に連れて行ってくれたことがあったわ。その帰り道で、王都では一度も見たことがないような、大きな狼に襲われて……、死ぬかと思ったの』
——あの話?
ライガやフィオナが「本当か」という視線を僕に向ける。
……僕としては、ヴィクトリアが喜ぶかなと思って連れて行っただけなんだけど。
――確かに獣が出る裏山に、女の子を、しかもお姫様を連れて行くのは、危ないよな。
反省はしてるんだ。本当に
『その時に、あなたが助けに来てくれたのを、覚えている? アイザック』
『はい。兄上があなたを連れて山に行かれるのを見たので、心配になってついて行ったのです』
『――――その時、大狼を退治してくれたあなたを見たときからずっと、私はあなたのことが好きでした。だから、あなたとの婚約が決まった時はとても嬉しくて、だけど……、私はあなたの役に全然立てなくて、ごめんなさい』
『そんなことは! ヴィクトリア様』
『妻なのですから、『様』はいりません、アイザック。ヴィクトリアと呼んで頂けますか』
『ヴィクトリア……』
沈黙。僕はエドラヒルさんの肩を叩いた。
「これ以上は無粋ですから……」
「そうだな」と呟いて、エドラヒルさんはまた呪文を唱えた。
周囲をそよいでいた風が止まった。
「お手紙、読んでませんでしたね……」
レイラの呟きに、
「伝われば何でもいいんじゃないかな」
と笑った。
「ちょっと……いい雰囲気だったんじゃない?」
フィオナが嬉しそうに言う。
「そうだね。良かった……」
本当に。僕は呟いて胸を押さえた。やっぱり、ヴィクトリアがアイザックを好きになったのはあの時からか……。何だか情けないな。わかってはいたけど、実際本人が言っているのを聞くと十数年ごしで胸が痛む。
「おい、ステファン大丈夫か?」
ライガが背中をばんばん叩いたので、少しむせると、レイラが、
「大丈夫ですよ!」
と両手を握ってぶんぶん振って励ましてくれた。花を持ったまま振ってくれたのでりんりん音がして、思わず頬が緩んだ。
――何が大丈夫かはわからないけど、励ましてくれる人がいるのは嬉しい。
「ありがとう」
そう笑って返すと、エドラヒルさんが後ろで「人間は面白いな」と呟いた。




