第195話(ステファン視点)
地面に掘られた鬼の巣に残された卵を焼却し、無残に残された、連れて行かれた辺境民のものだと思われる人間の骨を回収して、アイザックたちとともに宿営地に戻ったのは夜が明けるころだった。
「ゆっくり休んでくれ! 明日には領地内に戻ろう」
そう団員たちに声をかけて、アイザックは僕らに向き直った。
「兄上たちもゆっくりお休みください。あいにく、酒の持ち合わせがなく、申し訳ない」
「そんなのはいいよ。それより、鬼の巣はあそこだけか?」
アイザックはうなずいた。
「はい。巣はあそこだけだと思います。使い魔による監視と、辺境民からの聞き取りで巣の特定まではしっかりやっていましたから」
「……それは良かった。でもしばらく見張りは継続したほうがいいとは思うけど」
「それはもちろん」とアイザックはうなずいてから、表情を緩めた。
「しかし、見張りは続けるにしても、団員たちは領地内に交代で戻そうと思います。――数月ほど、観測を続けていたので、皆家族に会いたくなっているでしょうし」
僕は「そうだね」とうなずいた。
きちんと団員たちのことを考えてて偉いな。
こいつは、本当に、基本的にいいやつなんだ。
アイザックは、また心配そうな顔になって呟いた。
「……兄上、父上の身体は鬼を退治したことで良くなるでしょうか」
「わからないけど……、恨みを持った個体が増えた影響でああなってるなら、倒したことで多少良くなるんじゃないかなと思うけど」
僕は肩を持ち上げた。
父さんが目を覚ましたら、何て言われるかな……。『無責任な軟弱者め』とか?
まぁ、もう別に何を言われても良いけどね。
「目を覚ましてくれると有難いけどね。父さんのエルフのツテを使わせてほしいし……」
「――レイラさんがエルフの里に行く際の立ち合い、の話ですか」
アイザックはレイラを見てから、僕らに向かって力強く言った。
「……僕も協力させていただきます。レイラさんには、今回、力を貸してもらいましたし。領地内が落ち着きましたら、エルフの里まで辺境騎士団が一緒にお送りしましょう」
「本当か! 助かるよ!」
僕は思わずアイザックの両手をとった。
……辺境騎士団がついてきてくれるなら、心強い。
アイザックは気まずそうに、ぼそりと言った。
「……兄上、屋敷に残るおつもりはないのですか?」
「え?」
「僕は……何というか、全体が見えないのです。父上に言われるとおり、鍛錬を積んできましたが……、父上が倒れてしまい、鬼が発生し、周辺で辺境民が襲われ、いざ騎士団を任せられても、何をどう指示していいかわからず……、領地境で敵の動向を観測することしかできませんでした」
視線を落として、ぽつぽつと言葉を続ける。
「ヴィクトリア様も、王都から来ていただいたのに不自由な思いをさせてしまって……。昔、兄上とお話されていたときはよく笑う方だったのに、僕と一緒の時は笑ってくださらず……、本来であれば、兄上と一緒になるはずだった方なのに……」
そんなことを考えていたのか、と驚いて言葉を失った。
……何でこいつは、何でもできるくせに、こんなに自己評価が低いんだ。
「アイザック、えぇと、まずはヴィクトリアの件な。ヴィクトリアが好きなのはお前だよ。昔からずっとだよ。僕が家を出て行かなくても、どっちにしろ、彼女との婚約の話はお前の方がいいと思うっていうのは、母さんには話してたんだよ、もともと」
そう。衝動的に家を出て行く前から、ヴィクトリアとの婚約話は僕とじゃない方がいいっていう話は、母さんにはしてたんだ。だってどう考えても、彼女はアイザックのことが好きだったし。
横にいたフィオナも大きくうなずく。
「……そんな風に思っていたなんて……、お兄様、どれだけ鈍感なの? お義姉様ってば、口を開けば、アイザックお兄様のお話しかしないじゃない。昔からよ」
「……そうなのか」
アイザックは初耳だというように目を見開いた。
いやいやいや、普通、わかるだろう。
「そうだよ。昔だって、僕と会ったって、第一声は『アイザックはお元気ですか?』だったんだぞ」
僕は苦笑しながら「それから」と続ける。
「騎士団の件は、ジョッシュはじめ、団員たちがお前をどれだけ頼ってるか実感ないのか? ジョッシュは、僕が出て行って、これで後継ぎがお前になるからって皆安堵したって言ってただろ。実際、みんなそうだよ。今回だって、ちゃんと指示を出してたじゃないか。父さんも急に倒れたし、最初は多少うまくできないのは、仕方ないよ。最初から完璧にやるのなんて、無理なんだからさ。お前は頑張ってるし、みんなわかってるよ」
僕は髪をくしゃっとして言った。
騎士団の件は放っておいてもなんとかなる気はするんだけど。
こっちは、どうかな。
「とにかく、お前はヴィクトリアをどう思ってる?」
「僕にはもったいない方だと……」
いや、もったいないとか、そういうことじゃなくて。
「お兄様はお義姉様を、好きなのよね?」
業を煮やしたのか、フィオナが横から口を挟んだ。そうそう、そういうことを聞きたかった。アイザックは口ごもる。
「……それは、もちろん……、妻を愛するのは当たり前……」
「じゃあ、そうわかるように伝えろ」
「わかるように伝えなさいよ」
僕とフィオナの声が被った。
「……わかりました……」
アイザックは僕らの勢いに負けたようにうなずいた。
「僕は、ここに残るつもりはないよ。お前たちに全部任せて、申し訳ないとは思ってるけど。僕がいると助かるって言ってくれてる人がいるから、そっちで頑張りたいって思ってるんだ」
僕はナターシャさんや、テオドールさんや、マルコフ王国の冒険者ギルドの人たちを頭に思い浮かべた。あそこは、初めて自分が人の役に立っていると感じられた場所だ。僕のことを頼ってくれる人たちがいるなら、もう少し頑張ってみたいと思う。
「――でも、お前たちが、僕もこっちに帰ってきていいよって言ってくれるなら、たまには帰ってきたいよ」
アイザックとフィオナは顔を見合わせると、うつむいた。
「そもそもステファンお兄様に出て行ってほしいなんて言った記憶ないわ」
「母さんにも顔を見せてあげていただきたいです」
こういう言葉を言葉通り真に受けない程度には、僕も大人になったと思う。
二人と壁を作っていたのは、昔の僕自身だった部分もあるかもしれない。
「じゃあ、時々、帰ってくるよ」
そう言って笑うと、弟と妹も笑った。




