第193話
「鬼を引き連れて……!? そんなことが可能なのですか?」
「彼女の……エルフの魔法の力で可能だとのことだ。魔物に我を失わせ、獲物を追わせることができる」
アイザックさんは私に視線を向けた。
『魔族の力』と言わないでくれたのは、有難いですね。
団員さんたちに変な目で見られるのも嫌ですし。
「しかし……ステファン様を囮に使うというのは、仮にも団長の兄上……」
ジョッシュさんは言葉を濁した。
アイザックさんが返事に困った表情をしたところで、今まで黙っていたステファンが言葉を発した。
「いいんだよ。僕からの提案だ。それくらいしか、役に立てないからね。こっちに連れてこられれば、アイザックや君たちがまとめて倒してくれるだろう」
ジョッシュさんはアイザックさんとステファンを見比べる。
「――僕には、鬼共をまとめて倒す手段が思いつかなかった。辺境地帯ばかりに意識が向いていて、領地内が狙われていることに気づかなかった。マーゼンスの屋敷の裏山に繋がる道が掘られていたんだ。気づいてくださったのは、兄上だ」
テントの中の皆が騒めく。
「――だからこの件は、兄上に任せることにした。お前たちも僕の指示に従って欲しい」
しばらくの沈黙の後、「団長の指示であれば、もちろんです」というジョッシュさんの返事に続いて、他の団員さんたちも大きくうなずいた。
***
翌日、私たちは領地の境の石垣を出て、鬼の巣がある北の方角へ進んだ。
辺境民さんたちのテントもない、広々とした草原の真ん中で止まる。
「鬼の巣は、ここから馬で一刻ほど先の丘陵地にあります」
「よし、じゃあ、この先に落とし穴を掘って、準備しよう」
ステファンは「土魔法の使える人を集めてくれるか」とアイザックさんに聞いた。
エドラさんやフィオナさん、それから集められた団員さんが並んで呪文を唱えると、ぼこぼこぼこっと地面が割れて、私の背より高いくらいの穴がいくつも並んだ。
「おーい、木、集めてくるからついてこい」
地面に穴が開いていく様子を面白く見ていた私は、ライガに引っ張られて他の人たちと近くの森に行った。
「適当に、そのへんの木を倒してくれるか」
そう言われて、爆発を起こして木を何本か倒すと、他の団員さんたちが魔法の風をまとわせた剣ですぱすぱと木を適度な大きさの板状に整える。
私たちはそれを持ってステファンたちのところへ戻った。
地面に空いた大きい穴に木の板を渡し、その上に土を被せて整える。
最後にエドラさんが地面に手をかざし、違和感がないように適度に草を生やした。
――――あっという間に落とし穴の完成ですね。
「……でも、これ、ステファンも落ちちゃいません?」
鬼を連れて走ってきたら、そのまま一緒に落ちちゃうんじゃないでしょうか……。
そう聞くと、ステファンは「大丈夫だよ」と笑って地面を指差した。
「穴がないところを、エドラさんがわかるようにしてくれたから」
地面を見てみると、小さいお花が点々と列になって咲いている。
でも……、小さいですよね、花。
「……これ、馬に乗ってて見えます?」
聞くと、ステファンは「大丈夫だよ」とまた笑った。
***
準備をしているうちに、日が遠く向こうの山の後ろへ沈みかけて、周囲が薄暗くなってきた。
「よし、じゃあ行こうか」
ステファンが馬に乗ると、私とライガに声をかけた。
「あいつらは、夜が活動時間だからね。仕掛けるなら、日暮れが一番良いだろう」
「――風と水の精霊の加護をつけるぞ」
「お兄様、気をつけて」
エドラさんとフィオナさんが呪文を唱えながら杖の先をステファンの身体に触れさせた。
精霊の加護、遠距離で飛んでくる攻撃を防ぐんでしたっけ……。
それだけで大丈夫なんでしょうか。
私は不安に思いながらも、完全獣化したライガの背中に背負われた。
ベルトで私の腰を、ふわふわしたライガの銀色の毛並みに固定する。
全力疾走するライガから振り落とされないようにするためだ。
「貴方たちにも加護をつけとくわ。……無茶しないでね」
フィオナさんが私たちにも杖を向けてくれた。
「兄上、では、よろしくお願いいたします。……お気をつけて」
「もちろん。あとは頼むよ」
ステファンは軽く頭を下げたアイザックさんに片手を上げると、馬のお腹を蹴って走り出した。
「振り落とされるなよ」
私に声をかけて、ライガが四足で走り出す。
……いつも、馬車に並走するときの、スタイルだ。
全速力の馬と同じ速さ……だから、
「わぁぁぁ、速いぃ」
思わず叫んでしまった。顔にびゅうびゅうと風が吹きつける。
これで数時間走り続けられるとか、狼男ってすごいですね……?
完全に顔を伏せて風から身を守っているうちに、私たちは鬼の巣があるという丘のあたりに到着した。
「……この辺りだな」
ステファンの声がして、ライガが止まったので顔を上げると、少し先の暗い丘の上に、辺境民の人たちが使っていた茶色い皮のテントが屋根のようにいくつも広げられていた。これ見よがしに、人の頭蓋骨みたいな白い骸骨が丘の一番高いところに並べられていた。光る眼がいくつもこちらを見ているのが分かった。
「こっちを見てるな……呼び出すぜ」
ライガが「ウォォォォォォ」と良く響く声で遠吠えをした。
……すると、テントの屋根を押し上げて、緑色の鱗に覆われた肌の大きな鬼の身体が何体か、それより小さい……小鬼がたくさん姿を見せた。
「レイラ、丘全体を爆発させてくれるかな」
ステファンに言われて、私は火の精霊を丘に集め、爆発させた。
ズォォォン、という爆発音とともに丘が崩れた。
鬼と小鬼の叫び声が暗闇に木霊し、砂煙の中からいくつもの、赤く光る眼が飛び出した。
——すっごく怒ってますね。
「レイラ!」
私は手を組むと、その光る眼を見回して叫んだ。
「……ステファンを襲いなさい!」
狂ったような雄たけびが周囲に響き渡り、土埃の中から数十匹の影がステファンの方へ向かった。ステファンは馬の腹を蹴ると、元来た方へ走り出した。ライガは私を背負ったまま、別の方向へ全力疾走する。
フードの両端を押さえて風を防ぎながら目を凝らすと、激しく土埃を上げながら鬼の大群がステファンを追いかけているのが見えた。




