第190話
「あら、お義姉様と、ステファンお兄様だわ……」
お風呂場に向かって屋敷の中を歩いていると、フィオナさんが立ち止まった。
窓の向こう、中庭の花壇にステファンとヴィクトリアさんが隣同士に腰掛けて、話し込んでいるのが見えた。ヴィクトリアさんはうつむいて、少し肩を震わせているように見える。
私は思わず窓枠に駆け寄った。
……何を話して、いるんでしょうか。相談事みたいですね。
ヴィクトリアさんが顔を上げて、ステファンに何かを言う。
ステファンはぎこちなく、左手を持ち上げて、ヴィクトリアさんの背中に当たりそうなところで手を止めて、それから触れることなく下げた。
「……」
私とライガとフィオナさんは思わず顔を見合わせた。
何だか気まずい空気が流れる。
ライガがフィオナさんの肩を小突いた。
「……なぁ、アイザックとヴィクトリアって、うまくやってんの?」
「……お義姉様とお兄様の結婚は……お父様が倒れて、急いで行ったのだけど……、鬼が出たり、家のことも大変で、お兄様は騎士団を連れて辺境沿いに行ったり戻ったりをずっとだし……あまり、一緒に過ごしたりはしていないわ」
フィオナさんは眉を寄せて答えた。
しばらくの沈黙の後、私はずっと気になってたことを聞いてみた。
「……ステファンって、ヴィクトリアさんのこと好きですよね」
……だって、何だか、ヴィクトリアさんを見る目がそういう感じですもん。
ああいう感じでステファンが女の人見てるの、見たことないですよ。
「そうか? 今はそんなことないと思うけどな。――まぁ、あいつは、昔は確かに、ヴィクトリアのこと好きだったとは思うけど。ヴィクトリアに会う予定の数月前から普段はサボってばっかの剣の練習で身体鍛えたり、服装一週間前から悩んでたりな……。でも今もってことないだろ、さすがに」
ライガが肩をすくめて答える。 フィオナさんは目を大きく広げた。
「……ステファンお兄様が?」
同感です。ステファンがそんな風に頑張ってるの想像できない……。
いつも飄々としている感じですから。
「でも、ヴィクトリアさんはアイザックさんのことが好きなんですよね。……昔からですか?」
それにはフィオナさんがうなずいた。
「それは、確実ね。お義姉様ったら、口を開けば、アイザックお兄様の話ばかりですもの……昔からよ」
私は頭を抱えた。
「――――でも、相談しているうちに、やっぱりステファンの方が良い、みたいになったりしません……?」
「そういうことは……あるな」
ライガが意味深に呟いて、フィオナさんが怪訝そうな顔をする。
「そういうこと、あるの? なんでそんな知ったような口ぶりなのよ」
「いやさ、ほら、ステファン、見た目が良いのと初対面の愛想が良いからモテるじゃん。でもあいつ、距離詰めると逃げ癖あるから、女の子は『何考えてるのかわからないわ』ってなるわけ。そんで愚痴を聞いてやってたら、『ライガの方が一緒にいて楽だわ』みたいなことが……3、4回?」
「へぇ」という突き刺すようなフィオナさんの声に、指を折って数えていたライガはびくっとした。
「ずいぶんと具体的な数字ね。それであなたはその子たちと良い感じになったの? いいわね、うちの仕事をほったらかして、外で楽しく遊んできたのね、今まで」
「――いや、違うよ。その子らとは、別にそれだけだよ。俺だってあいつに好意持ってた女の子なんて嫌だよ」
ライガは珍しく、慌てたように手をぶんぶん顔の前で振った。
「やっぱり、悩みを聞いてもらって、優しくしてもらったら好きになっちゃうかもしれませんよね……。アイザックさんより、ステファンの方が素敵ですし」
私は「はぁ」と深くため息をついた。
ヴィクトリアさん、あんなに綺麗で良い人ですもんね。
両想いになったら、結婚してるとか関係なく、二人の世界かもしれないですもんね……。
「「え?」」
「……え?」
フィオナさんとライガが「何を言ってるんだ」とでもいうような表情で私を見ている。
「アイザックお兄様よりステファンお兄様が? ――それはないでしょう」
フィオナさんが怪訝そうに言う。
「ステファンお兄様なんて、無責任な人じゃない。家のことを全部放って、勝手に家出して、好き放題して、勝手に戻ってきて。アイザックお兄様は、お父様が倒れてから、家のことも騎士団のことも、全部やってくれたわ」
……うわぁ、辛辣ですね……。
「――そんな事言ってやるなよ、あいつはあいつで、この家にいるのきつかったんだからさ」
ライガがなだめるように両手を出して言う。
「――だって、お兄様、私に馬の乗り方教えてくれるって言っていたのも放ったらかしにしていなくなったのよ? アイザックお兄様は『乗れればあとは、慣れるだけだ』しか言ってくれないし……。おかげで未だにうまく乗れないんだから!」
フィオナさんは持っていた杖先で床をがんがんっと叩いた。
……何か、これって、フィオナさんステファンが出て行って寂しかったってこと……ですかね。
「お前、……乗馬教えて欲しいならステファンに直接言えよ」
呆れたようなライガの言葉にフィオナさんは頬を膨らませた。
「嫌よ。そもそもお兄様が教えてくれるって言ったから教わったのよ」
「……まぁ、いいけどよ。しかし……アイザックよりステファンのが良いか? どっちもどっちじゃねぇか。あの兄弟どっちも面倒だぜ」
ライガはぽりぽりと頭を掻いて苦笑した。
「いや、まあ、ステファンはお前に対しては、いいところしか見せてないから、そう思うかなあ」
……そうですかね?
「ステファンお兄様があんなに笑顔なの、見たことないもの。あなたといるとずっとニコニコしててびっくりしたわ。……私たちと話すときと、ぜんぜん違うんだもの」
同意したフィオナさんに、ライガが眉間に皺を寄せて言った。
「お前らのアタリが強いからステファンだって気まずいんだろよ」
そんな風に話をしていたら、ステファンの声がした。
「あれ、ライガ、レイラ……厨房のジェフさんのところに行ってるかと思ってた。フィオナも一緒じゃないか。どうかした?」
顔を上げると、ステファンとヴィクトリアさんがいつの間にか私たちの前に立っていた。
「何でもねぇよ」「何でもないです」「何でもないわ」
私たちは声をそろえた。




