第189話
「山の探索、お疲れ様」
フィオナさんはそう言うと、腕組みをしたまま呟いた。
「まさか、裏山の川の洞窟があんな風に掘られているなんてね……、周辺の見回りはしていたんだけど……」
「おう、ステファンに聞いたのか? 見てきたみたいな言い方だな」
フィオナさんは少し気まずそうな顔をした。
「アイザックお兄様に言われて、使い魔をつけてたのよ。あなたたちが山の中で魔物に遭遇しても助けに行けるようにってことよ? ……ステファンお兄様には言わないでね。アイザックお兄様は心配していただけだから」
私とライガは顔を見合わせた。何かがついてきてたなんて全然気がつきませんでした。使い魔……、って何でしょう。
フィオナさんの着ているローブのフードからブーンと羽音がして、丸太の上で果実を齧っている小鬼兜の倍はある、両手大の大きさの兜虫がフィオナさんの周りを飛び回った。
「鬼兜……、おい、それがお前の使い魔かよ」
あ、あれがライガの言っていた鬼兜なんですね。
使い魔っていうと……黒猫とか、想像していました。
フィオナさんは「悪い?」と肩をすくめた。
「あなたが5年前に置き土産で置いて行った鬼兜のカブちゃんよ」
「えぇ? えっ、それ、あの時俺が捕まえて、置いて行ったやつか?」
「ライガが捕まえたやつなんですか?」
「あ、ああ……、ステファンに『出て行こう』って誘われた時、ちょうど鬼兜捕ってて……」
「『ステファンと外に行く』とか書いた紙と、瓶詰めのこの子だけ、私の部屋の外に置いていなくなったのよね、ライガ」
フィオナさんは眉間に皺を寄せて言った。
そんな感じで家を出て行ったんですか、ステファンとライガ……。
「いや、お前が鬼兜見たいって言ってたから獲ってやったんじゃん。てか、鬼兜って5年も生きるんだな?」
「――普通のは2~3年が寿命よ。ただ、使い魔にするのに魔力を与え続けてるから……。猫やカラスでも、普通のより長生きするから、その影響じゃないかしら」
「使い魔って、何なんですか?」
私が口を挟むと、フィオナさんは表情を和らげて、説明してくれた。
「あなたは、魔法使いのことをあまり知らないのだったわね。自分の魔力を動物に一定期間与え続けることで、その動物を使い魔にすることができるの。視界を共有して、遠くのものを調べたり、そういうことができるわ」
「今まで会った魔法使いの人は使っていなかったですね……」
私はソーニャやサミュエルさんを思い出して、首を傾げた。
「どんな動物でもできるっていうわけじゃないのよ。魔力の強い動物じゃないと。辺境地は精霊力が強いから、魔力の強い動物が多いの。だからこのあたりの魔法使いはよく使い魔を使うわ」
「だからって虫を使い魔にしなくても……」
「あら、いろいろ便利なのよ。小柄だから操るのにそんなに魔力も使わないし、気づかれにくいし……、現にあなたたちだって気がつかなかったでしょう」
フィオナさんは、そこまで話すと、急に黙って咳払いをした。
「……とにかく、お疲れ様。お風呂を沸かしてあげるから、入りなさいって言いにきたのよ」
「俺は面倒だから良いよ。適当に水かぶるから」
ライガは億劫そうにいぼりぼり髪を掻いた。
「お風呂、気持ち良いですよ。入ればいいのに」
私がそう言うと、フィオナさんも言葉を重ねた。
「そうよ。せっかく、私が準備してあげるって言ってるんだから、入りなさいよ」
ライガはため息をつくと、「わかったよ」と呟いた。
フィオナさんは満足そうにうなずいてから、丸太の上にいる小鬼兜を指差した。
「それから、その小鬼兜、カブちゃんのご飯にもらってもいいかしら。最近、忙しくてあんまりいいものをあげられていなくて」
「ご飯……」
びっくりして、呟く。
「小鬼兜は果物や樹液を食べるけどな。鬼兜は肉食だからな。好物は小鬼兜だ」
ライガは肩をすくめた。
「いいぜ」
羽音を立てて、フィオナさんの使い魔の鬼兜は小鬼兜に襲いかかった。
ばりばりぼりぼりばりばりむしゃむしゃ
……うわぁ。自然界は弱肉強食ですね。
私の小鬼兜、負けて飛んで行って良かったです……。




