第187話(ステファン視点)
僕らは小川に沿って山の中の散策を続けた。
川沿いは渓谷になっていて、洞窟がいくつかある。
山の周辺や領地沿いの石壁には魔物除け・探知の魔法がかけられているし、辺境騎士団の団員は全員魔法が使えるから、使い魔を飛ばして周辺の警戒はしてるだろうけど……、例えば、洞窟に外から道をつなげて、そこから入ってくるとか……、そういうことは考えられないかな。
一番大きい洞窟の入り口で立ち止まると、松明を出して火をつける。
「この奥に入ってみよう」
鼻と夜目が利くライガを先頭に、僕らは一列で奥へと進んだ。
「魔物の臭いはしねぇぞ」
ライガが鼻を鳴らして、そう言った。
昔、こいつと洞窟散策をしたことを思い出して懐かしくなる。
山の行ける場所はたいてい全部行ったけど、僕だけのときは、洞窟の奥に入るのは、さすがに危険だと思って、やらなかった。でも、ライガが来てから、この山の洞窟散策がはかどったんだ。
大分奥に進んだところで、僕らは立ち止まった。
そこで道がもう一本の洞窟と合流していた。
「分かれ道ですね! あれ、あっちに行ったら、また元来たところに戻れる……?」
レイラがもう一本の道の先を見つめる。来た方と同じ方向にのびる道。
確かに、僕らが入った洞窟の数メートル先に、もっと小さい洞窟があるんだけど……。
昔の記憶をたどって、呟く。
「……おかしいな」
「何がですか?」
「ライガ、こっちの洞窟と向こうの洞窟、つながってなかったよな。向こうは、こんな奥に行く前に行き止まりで……。それに、ここだって道幅がもっと狭かったはずだし……」
「そうだったっけ?」
ライガは頭を傾けて難しそうな顔で考え込んだ。
松明の灯りを分かれ道の壁に向ける。土が大きく露出した壁は、今まで来た道の岩だらけの壁とは明らかに違った。
いや、これ……。
「掘られているだろ……」
思わず呆然と呟く。人為的に壁が削られて、道幅が広げられている。
僕は洞窟の奥を見つめた。
ここ、これ以上奥に行くと、道幅が狭くなって、下に下降して進めなくなるはずなんだよな。だけど……、今はどこかに繋がっている? 山の向こう側とかか?
「――鬼が掘ったってことですか?」
「掘らせるのは小鬼とかにやらせてるだろうけどね……」
僕は二人に呼びかけた。
「いったん屋敷に戻ろう。アイザックに報告しないと……」
ライガは「ちょっと待った」と言って言葉を遮った。
「おっちゃんに、鹿か何か捕まえて帰ってやる」
洞窟を出て、レイラと先に馬のところまで戻って待っていると、しばらくして背中にどこで捕まえたか知らないが、猪を担いだライガが草むらから出てきた。
今日の夕食は猪肉か……。
***
「洞窟が掘られていたんですか?」
家に戻って状況を報告すると、アイザックは顔をしかめた。
「うん。昔つながっていなかったはずの洞窟同士がつながっていて……明らかに掘られていると思う」
「……いつの間に。本当に腹立たしい」
それから大きく息を吐いて、僕を見た。
「さすが、裏山で遊んでばかりいただけはありますね、兄上」
「……嫌味か、アイザック」
苦笑しながら聞くと、弟は「いえ」とつぶやく。
「洞窟があるのは知っていましたが、僕が行っても気づかなかったでしょうから。ありがとうございます」
「いや」と返事して、ため息を吐く。
……こいつは、いい奴なんだ。基本的には。言い方があれだけど。
それがまた、嫌になるんだけどさ。
「奥まで進めばたぶん、辺境の方――鬼がいる方に繋がってそうだけど、どうする?」
「――埋めることはできそうですか?」
机の上に置いた周辺の地図をペンで指差す。
「上から爆破魔法かなんかで崩せば、埋められると思う」
「――位置はわかりますか?」
「だいたいわかるよ。後、他の洞窟も念のため埋めておいても良いと思う。レイラと、エドラさんと、フィオナに魔法でやってもらえれば……」
アイザックは「わかりました」とうなずいて、僕を見た。
「明日、埋めに行きましょう。指示は兄上にお任せします」
***
ライガとレイラは捕まえた猪を持ってジェフさんのいる厨房へ行ってるはずだ。
様子を見に行こうかな……。
アイザックと話し終えた後、そんなことを考えながら廊下を歩いていると、中庭の付近でヴィクトリアが物憂げにたたずんでいた。
――落ち込んでいる様子なのは、昨日、王都に帰るようにアイザックに言われたせいかな。あいつは言い方が下手だからなぁ。
声をかけるべきか悩んで立ち止まると、僕に気付いた彼女は顔を上げた。
「――ステファン、山の方に行っていたのですってね。お疲れ様」
「ああ――うん。明日、またアイザックやフィオナと行く予定だよ」
そう言うと、ヴィクトリアは大きくため息をついて、花壇に腰掛けて俯いた。
「――昔、あなたが、『アイザックやフィオナは何でもできるのに、自分はできない』って言っていたでしょう。あの時の、あなたの気持ちが、今は私、とてもよくわかるわ」
……そんな愚痴を彼女に言ったことがあったっけ。
僕は思い出して恥ずかしくなった。
当時は弟や妹と自分を比較ばかりしていたから、そんなことを言ってしまったかもしれない。1年に数回、婚約者として顔を合わせる彼女は、魔法使いでもないし、うちとは全然違う種類の人間だったから話しやすくて、つい本音を漏らした記憶がある。
「あの人の力になりたいのに、私がいても、邪魔になるだけなんですもの。お義母様やフィオナみたいに魔法も使えないし……」
ヴィクトリアはぐすっと鼻を鳴らした。僕は何もできずに、ただ横に腰掛ける。
「あなたは私より、よほどいろいろできるけれど、でも、きっと、こんな気持ちだったのよね。ごめんなさい。当時は全然わかってあげられなくて」
そう言って見上げた彼女の瞳は潤んでいた。
「そんなことは」
僕は思わず右手を彼女の肩に伸ばしかけて、下ろした。
それから、息を吐いて、言った。
「――アイザックは、君のことが心配だから王都に戻ってくれって言ったんだよ。あいつは、ほら、ちょっと言い方が不器用だからさ。深く気にしない方がいいよ」
「それに」と付け加える。
「魔法ができないからとか、何かができないから、いても邪魔になるなんて、そんなことは、ないよ。アイザックにとっては、君がいてくれるだけで、いいんだよ」
って、あいつが自分の口から言ってあげるべきなんだろうけどなあ。
何にせよ、勝手に相手がこう思っていると考えて、変に思い詰めるのはよくない。
大事な相手とは、話すことが必要だ。
「ただ、王都の方に帰った方がいいのは、僕もそう思うよ。——今はちょっとばたばたしているけど、落ち着いたら、アイザックといろいろ、話せるといいね」
「……そうね。――ありがとう」
ヴィクトリアは目元を拭うと、立ち上がった。




