第185話(ステファン視点)
「それでは、今日はよくお休みになってください」
食事を終えると、アイザックは僕らにそう言って立ち上がった。
メイドが食器を片付けようとするのを、手伝おうとするライガにヴィクトリアが声をかける。
「ライガ、お手伝いは大丈夫よ。あなたも今日はゆっくりしてね」
ライガは「おう、悪いな」と返事してあくびをした。それが感染したのか、横でレイラも大きく口を開ける。思わず笑ってから、僕もあくびをしてしまった。
そういえば、何だか僕も疲れた気がするな。
明日は裏山の様子も見ないとだし、早く寝るか。
そう思って席を立った時、母さんが僕を呼び止めた。
「ステファン、ちょっと話をしてもいいかしら」
「――わかった」
ライガとレイラに部屋に戻ってくれ、と促してから、僕は母さんと向かい合った。エドラヒルさんは、「私は辺境伯殿の様子を見てくる」と母さんに声をかけて部屋を出て行く。
母さんは「外で話しましょう」と促した。
使用人のいない閑散とした廊下を一緒に歩きながら、僕に聞く。
「――あなたは、エドラヒルと私のことを何か聞いた?」
僕は肩をすくめた。
……何て答えればいいのか。気まずいな。
「……親しくしてた、とは聞いたよ」
「魔法使いとして、魔術師ギルドに入って、魔法都市に行ったのは18の時だったわ。――当時は、私も若かったから」
母さんは言葉を濁した。
「――一緒に魔力を加えた植物だとか、そんな研究をしているうちに、10年以上、一緒にいたわ」
「そうなんだ」と相づちを打って、黙る。それ以外コメントのしようがないもんなあ。
僕らは裏庭に続く勝手口を出た。
いろんな騒ぎで手入れが放置されているのか、雑草が生えた花壇に腰掛けて母さんは話を続ける。——確かに、母さんはいろんな花を植えるのが好きで、昔はこの中庭はエドラさんのいた中庭みたいに色とりどりの花が植わっていたっけ。今は荒れているのを見ると、寂しい気持ちになる。
「お父様と、レオンと結婚した時のことを――あなたに、話したことはなかったわね」
僕はその横に腰掛けた。
「――どんどん、年をとっていく自分と違って――ずっと若いままのエドラに、私は焦りを感じていたわ。子どもでもいれば、また違ったかもしれないけど――異種族だと難しいでしょう」
異種族同士の場合、子どもはできにくい。
ナターシャさんとテオドールさんの間にはノアがいるけど、異種族同士で一番見かける獣人と人間の夫婦でも、子どもがいるのは半分くらいじゃないだろうか。
ましてや、エルフと人間じゃ種族としてかけ離れてるもんなあ。
辺境民には、どこかでエルフの血が混ざったような人もいると聞くけれど、会ったことはないな。
……いやいや、そういうことじゃなくて。
僕は思わず逃避しそうになる思考を、慌てて戻した。
自分の親の若い頃のそういう話を聞くの、結構しんどいな……。
僕は母さんを見た。ずっと抱えていた荷物を下ろすような表情に、うなずく。
「……そうだね。異種族同士は難しいよね」
——いや、でも母さんも誰かに話したかったんだろうし、聞かないと。
こんな話父さんや他の誰かに話す内容じゃないもんな。
「彼との関係にも、魔法の研究にも限界を感じていた私は、実家に舞い込んだお見合い話に、逃げるみたいに飛びついたわ」
――母親のそんな話をどんな顔で聞けばいいのか。「そうなんだ」とだけ相槌を打った。
「お父様は辺境伯に命じられて、立場上、結婚相手を探してらした。土地は鬼に荒らされ放題で、魔物も多い状態だったから、お父様は結婚相手に魔法使いの女性を望んでいたわ。いざ、何かあっても戦える女性をね。それに――、お父様はもう子どもを持つ気がなかったから、若い娘は望まなかったわ。――行き遅れの魔法使いで、それなりの貴族の娘、となると私がちょうど良かったのよ」
母さんは苦笑してから、表情を緩めた。
「私とお父様はそんなふうな始まりだったけれど。でも、一緒にいるうちにあの人のことが放っておけなくなっていたわ。お父様は、あなたから見たら、ただ厳しいだけの口やかましい人かもしれないけれど、とても弱いところもあるの。亡くなった子たちを忘れたくないから、もう子どもを持つ気はないと言っていたけれど――――あなたができて、お父様はとても喜んだわ。それこそ、泣くほど」
「父さんが?」
僕は思わず顔をひきつらせた。記憶にある父親はいつも眉間に皺を寄せて厳しい顔をしていた。泣いているところ、それも喜んで泣いているところなんて、想像もできない。
「そう。――でも、実際にあなたが生まれて、あなたを一度抱き上げてから、あの人は思い悩むようになってしまった」
母さんはため息をついた。
「あの人は、もう一度、子どもを失うのが怖くなってしまったのよ。――あなたも、いずれきっと鬼に殺されてしまうかもしれないって、毎日眠れないくらい、うなされてしまって。だけど、あなたにも魔法の力があるってわかってからは、一転してはしゃいでいたわ。――前の子は、魔法が使えなくて弱かったから死んでしまった。魔法使いの私との子なら、魔法が使えて強くなれるから、大丈夫だって。――それで、すぐアイザックも生まれた」
「まぁ、僕は生命魔法しか使えなかったわけだけど。期待外れだったわけだ」
辺境民のとこで鬼に襲われたとき、アイザックが来なきゃ、あのまま殺されてたかもしれないしなぁ。
「それでもあの人は諦めなくてね。――あの人も、最初は生命属性の魔法しか使えなかったそうよ。だけど、鬼の巣に乗り込んで――喰われた奥様と子どもたちを見つけて、そこにいた鬼を全部炎の剣で焼き切った、と一緒に戦った方が言っていたわ。だから、あなたも、鍛えたら他の精霊魔法も使えるはずって――、弟も妹もできるのだからって」
「いや、……」
僕は思わず声を大きくした。いやいや、それで毎日訓練やら何やら強制されて、怪我して痛くても直されて「またやれ」で、嫌になってサボったら「なんでそんなに不真面目なんだ」って言われる身にもなってほしいよ、と言おうとしたけど、言葉がうまく出てこなかった。
母さんに文句言ってもしょうがないし、それに――昔はあんなに絶対的な存在に感じた父さんは、今はただの身体の大きい寝たきりの爺さんになっている。
「――ごめんなさいね」
黙った僕に母さんは頭を下げた。
「え?」
「あなたに厳しく言うあの人を止めなくて。本当はそうするべきだったのに」
「……」
「――――私は、あなたが家を出て行ったとき、良かったと思ったの。あなたは、魔法はできなくても、山の動物や植物や色々なものに興味を持って、熱心に図鑑を読んで――もっと、あなたらしさを活かしていける場所が、この家じゃないどこかにあると思っていたから」
「……いろんな場所をライガとふらふらしていたけど、ここ2年ぐらいはマルコフ王国の西端の街で暮らしていたよ。そこの冒険者ギルドで仕事をして――、今回、街を出てくるときも、『戻ってきてくれたら嬉しい』って言われた。そこの所長さんのことは、尊敬してる」
『戻ってきてくれたら王都ギルドに来てくれると嬉しい』と言っていたナターシャさんの言葉を思い出す。そう言われた時は、頼られている気がして、すごく嬉しかった。
「新人の冒険者に魔物退治のやり方を教えたり、結構、頼りにされてるんだよ、僕が」
息を吐いて言葉を続ける。
「まぁ――、父さんのことは好きじゃないけどさ、色々訓練してもらったおかげで、冒険者で暮らすのに困ってないよ。一応、冒険者ランクも地方ギルドじゃ一番高いBランクもらったし」
こまめに依頼をこなしていたからもらえたランクだけど。
戦闘での強さでいったら、僕は正直そんなに強くないもんな。
アイザックだとランクいくつだろ……。
「――その話を聞けて、良かったわ、とても……」
母さんはしんみりと呟いた。
何だか気まずくなって髪をくしゃくしゃして話題を変えた。
「それよりさ、アイザックとヴィクトリアはうまくやってるの? 食事の時も――彼女に王都に戻ってほしい気持ちはわかるけど……アイザックのやつ、もっと他に言い方があるだろう」
食卓での会話を思い出して、ため息をついた。
「君に何かあったらと考えたら耐えられないから」とかさ、もっと言い方があるだろう。『王家に顔向けができない』とかそんな言い方じゃなくてさ。
母さんも困った顔をしている。
「アイザックはお父様に似て不器用なのよね……。ヴィクトリアも、控えめな娘だから……、お互いに好き合っていると思うのだけれど……、なかなか……」
そこまでぼやいて、はっと顔を上げ、僕を見つめる。
「エドラとの話は、他の子たちには黙っておいてくれるとありがたいわ。――私の昔の話なんてアイザックや、ましてや年頃のフィオナに伝えるのは気まずいものね」
「それは、もちろん。わざわざ言わないよ。——というか、僕も気まずいは気まずいんだけどね」
苦笑すると母さんは微笑んだ。
「あなただから話せるのよ、ステファン」
……そう言われると嬉しいような気もするかな。僕は頭を掻きながら言った。
「――でも母さん、エドラさんから父さんはさすがに、好みが変わりすぎじゃないかな。よく父さんと結婚したね」
エドラヒルさんはエルフだけあって、線の細い女性のような綺麗な人だ。比べたら父さんは熊っていうか……いや、漢らしいっちゃ漢らしいんだけどさ。
「――お見合いの時は、お父様と夫婦としてやっていける気がしなかったけれどね」
母さんは微笑んだ。
「でも、ずっと一緒にいるとね。好みとか、そういうのじゃないのよ」
そういうものだろうか。
僕は「ああ、でも」と呟いた。
「話し方というか――自分のペースで話す感じは似てるような気もするような。父さんとエドラさん」
相手のことを気にしない感じは似ているかもしれない。
「……そうね。放っておけないところが、あるかもしれないわね。二人とも」
あの感じが「放っておけない」に変換されるのか、母さんの中では。よくわからないな。
「エドラさんは、母さんの顔を久しぶりに見たいだけで、特に話があるわけじゃないって言ってたけど。何か話した?」
「――エドラは、本当に、少し顔を見に来ただけだと思うわ」
母さんは苦笑した。
「オリヴァー先生の奥様や、周りの方も最近立て続けに亡くなられたでしょう。——手紙はもらって、知っていたけれど。家もばたばたしていて、私はお葬式にも行けなくて。知り合いがいなくなって、少し寂しくなったんじゃないかしら」
「でも」と母さんは、母親らしい顔で微笑んだ。
「エドラが――あなたたちと話しているときは、楽しそうで良かったわ」




