第183話
厨房に入った瞬間、良い匂いが漂ってきた。
広いキッチンでは、丸いシルエットのおじさんがフライパンを握って火の上で振っている。その横で、エプロンをした人間姿のライガとステファンがお皿に食事を盛っていた。
ライガがお料理のお手伝いしてるなんて珍しいですね……。
「ヴィクトリア様! どうかされたんですかい」
おじさんがヴィクトリアさんに気づいて顔を上げた。
「忙しいところごめんなさい。何かお手伝いすることがあればと思って……」
「そりゃ、ありがとうございます。まぁ、でも大丈夫ですよ。ライガとステファン様も手伝ってくれてますんで。それより、そろそろ若旦那様とお客様を食卓へお呼びいただいてもよろしいですか?」
それから、おじさんは私を見た。
「そちらは、お客さん……」
「その子がレイラです、ジェフさん」
ステファンは私を紹介してから、目を細めた。
「髪、すごく綺麗にまとめてるね」
私は嬉しくなって、髪飾りを見てもらおうと思って後ろを向いた。
「ヴィクトリアさんにやってもらいました! 髪飾りは、ノアくんにお土産でもらったやつなんです!」
「そうなんだ。ノアも趣味がいいね。レイラによく似合ってる」
そこでライガがヴィクトリアさんについて言っていた『淑やか』という言葉が頭に浮かんだ。お淑やかってどんなのでしょう――あんまり、見て見て!っていうのはお淑やかじゃないですよね。私はふと冷静になって、声を落とした。
「――そんなに、似合ってないかもしれませんが」
「え?」とステファンは不安そうな顔をしたあと、力強く言った。
「そんなことないよ! すごく似合ってるよ!」
「――そうですか? いえ、でも」
「似合ってるよ! 本当に。昔、フィオナが持っていた人形みたいだ」
そこまで言ってもらえると、頬がにやけてしまう。
「――そうですかね。ありがとうございます」
その横で、ライガは盛り付け終わった後のボールに入った料理の残りを、こそこそと器に乗せて、ぱくっと食べた。なんでしょう、あれ、ミートボールみたいな……。美味しそうですね……。
「ライガ、私も、もらえますか」と言って近づこうとした時、ジェフさんがライガを叱った。
「おぉい、ライガ、立ち食いすんじゃねぇぞ! いくつになったんだお前は!」
それから私に笑いかける。
「お嬢ちゃんが良く食べる方のエルフか。若旦那様がいらっしゃるまで、ちょっと待っててくれな。お替わりはいっぱいあるから」
耳がぴくっと動いた。
よく食べる方のエルフ……? 何だか、その言われ方、恥ずかしいですね。
ステファンたち、私のこと、どういう紹介したんですか。
なんかもう、この時点でお淑やかかどうか気にするの、無駄ですよね。
余計なことをするのはやめましょう。
ライガは「だっておっちゃんの料理美味いからさぁ」と呟きつつ、きちんとボールを洗い場へ下げた。ライガがこんな風にちゃんと素直に言うこと聞くなんて、ジェフさんと仲がいいんですね……!
「アイザックを呼んできますね」
そんな厨房内の様子を見ていたヴィクトリアさんは、そう言うと、ステファンとライガに声をかけた。
「ステファン、ライガ、あなたたちも一緒に食べましょう」
ライガは怪訝そうに眉をしかめた。
「えぇ、俺も? 俺、いいよ。使用人だし。厨房で食べるよ」
ライガって、立場としては使用人だったんですか……。
ヴィクトリアさんが困った顔をする。ステファンはライガの肩を叩いた。
「ライガ、そう言わず。久しぶりだからさ。ささっと食べて、解散で良いよ」
うーん、なかなかお屋敷内の人間関係が複雑ですね。
***
私たちは厨房の横につながる、大きい机のある食卓に座った。
しばらくすると、ヴィクトリアさんに連れられて、アイザックさんとイザベラさん、エドラさんが現れた。
「エドラさん! ありがとうございます。父に魔法を使ってもらって……」
ステファンがエドラさんに駆け寄る。
エドラさんは「いい、いい」と首を振った。
「――父親のことは、お前の妹がしばらく見てくれているようだ。魔法陣を少し変えて、魔法の効率を良くしたから、今までより生命力供給は楽だろう」
「相変わらず、凄いわね。あなたには敵わないわ……。ありがとう」
イザベラさんはエドラさんに頭を下げる。
エドラさんはまた「いい」と首を振り、不快そうな顔をした。




