第182話
……お風呂って、最高ですね。
こんなに良いものを今まで知らなかったなんて……。
お湯につかってほかほかになった私は、大きいベッドに腰掛けながら足をぶらぶらさせていた。
――すっきりしたら、何だかお腹が減りましたね。
もう夕食の時間が過ぎてますけど……何か、お食事出してもらえるんでしょうか。
ステファンにご飯のことを聞いてみよう、と思って立ち上がって廊下に出ようとしたところで、ちょうど向こうから歩いて来るヴィクトリアさんと会いました。
「レイラさん、どうかされました?」
「わぁ」
声をかけてきたヴィクトリアさんを見て私は思わず顔の前で手を組んだ。
ヴィクトリアさんはお着替えをされたみたいで、さっきまで着ていたのとは違う、薄いピンク色のキラキラした糸で刺繍が入ったドレスを着ていた。髪もまとめ直したみたいで、ハーフアップで綺麗にまとめて、髪飾りも差してある。お化粧もし直しているみたいです。
さっきも綺麗でしたけど、もっと綺麗になってますね……。
何で夜にわざわざ着替えたんでしょう。これって……。私はちょっともやっとした。
「――素敵ですねえ。お着替えされたんですね。お綺麗です!」
「――ありがとう」
ヴィクトリアさんは、ふっと表情を崩して微笑んだ。
「その髪飾りも素敵ですね」
私は自分の邪魔にならないようにというだけで雑に編み込んだ、左右の三つ編みが恥ずかしくなって、くるくる指で回した。ヴィクトリアさんは「あら」とつぶやいてから、少し首を傾げて微笑んだ。
「――髪の毛、まとめてあげましょうか。髪飾りもつけてみるかしら?」
「ええ! いいんですか!!」
「もちろんよ。私の部屋にいろいろあるから、いらっしゃって」
そんなことをしてもらうのは何だか悪い気がしますが……、でも私って、左右で編み込むくらいしか髪の毛のまとめ方わからないんですよね。ああいう風に綺麗にまとめるやり方教えてもらいたいですね!
私はぱたぱたとヴィクトリアさんの綺麗なドレスの裾の後ろを追いかけた。
彼女のお部屋は、お屋敷の中央付近にあった。扉を開けて中に入ると、すっごく広々していて、家具も綺麗なものばかりだ。壁際には大きな鏡台とクローゼットがある。
「どうぞ」
鏡台の椅子を引いてくれたので、そこに座る。
「どれが良いかしら」
ヴィクトリアさんが鏡台の横の引き出しを開ける。中にはキラキラした髪飾りがいっぱい入っている。うわぁ、どれも綺麗ですね!
「気に入ったのがあれば、差し上げるわ」
自然な感じでヴィクトリアさんがそう言ったので、私は耳を疑った。
……差し上げる? ……え、くれるってことですか?
「そんな! いいんですか?」
「いいのよ。たくさん持ってきてしまったけど、そんなにあっても仕方ないから。あなたみたいな可愛い子に使ってもらった方が、髪飾りも喜ぶわ」
「ありがとうございます……」
これが、本物のお姫様っていうやつでしょうか。いいんですか、そんな太っ腹で。
そこで私は、「あ」と思い出した。
「あ、でも、これを使ってもらうことってできますか?」
私はポケットから、ノアくんにお土産にもらったキラキラした髪飾りを出した。
ずっとつける機会をうかがってたんですけど、外で移動してる時につけちゃうとボロボロになっちゃうかなと思ってつけてなかったんですよね。
「あら、可愛らしい髪飾りね。じゃあ、それでまとめてみましょう」
ヴィクトリアさんは引き出しからブラシを取り出して、私の髪を梳かし始めた。
「綺麗な栗色の髪ね」
「いえ……、ばっさばさで恥ずかしいです」
「そんなことないわよ」と笑ってから髪の毛を上半分で編み込みつつ、ヴィクトリアさんは呟いた。
「あなたが……辺境民の方々を襲った小鬼たちを退治してくれたって、アイザックが言っていたわ。……すごいわね」
私は「いえいえ、そんな」と首を振る。
ヴィクトリアさんは少し憂いを帯びた感じで微笑んだ。
その表情に思わずどきっとする。本当に綺麗な方ですね……。
「あの……、お着換えされたのって……、その」
私はさっきもやっと感じた事を聞いてみることにした。
「ステファンが帰って来たから……とかですか?」
ヴィクトリアさんは大きい瞳をさらに大きく見開いた。
変なこと聞いちゃいましたかね。そうですよね。アイザックさんの奥さんですもんね!
変な小説の読みすぎですね。私は慌ててばたばたと顔の前で手を振った。
「いえ、その、もともとステファンの婚約者さんだったって、聞いたので、その……」
ヴィクトリアさんはふわっと微笑んだ。
「――着替えたのは、久しぶりに旦那様が帰って来たからよ。あの人は、気づかないかもしれないけれど。ステファンは全く、関係ないわ」
全く、と言われるステファン……ちょっと可哀そうですね。
そう思いつつ、何だかちょっとほっとする自分に気がつく。
ヴィクトリアさんは首を傾げて、少し考え深げに聞いた。
「あなたは……ステファンのことが好きなのかしら?」
「……え?」
私はぶんぶん首を振る。
「いえいえ、全くそんなんじゃないですよ! いろいろお世話になってますけど……、お兄さんとか、そんな感じですね」
——もしかすると、実年齢は同い年とか、場合によっては私の方が上の可能性もなきにしもあらずなんですけどね。私は鏡の中の自分を見つめてため息をついた。
エイダン様、私を「ガキ」って言ってましたもんね。どこから見てもノアくんと同じ年くらいにしか見えないですし。エイダン様と婚約してたって言ったら、ライガも「相手、変態か?」って言ってましたし。まぁ、私もそう思いますよ。
ずっとこのままかもって思うとなかなか悲しいですね。
ステファンもライガも、ソーニャや、ノアくんだってもしかして、いつの間にか結婚とかして家族ができて、私だけ置いてけぼり感が出たらどうしよう。
……難しいことは、考えない方が良いですね。
「そう、ごめんなさいね、変なこと言って」
「いえいえ、私こそ、変なことを言って、申し訳ないです」
ヴィクトリアさんはそう微笑んで、てきぱきと私の髪をまとめてくれた。
最後にノアくんがくれた髪飾りを挿してくれる。
「どうかしら」
そう言われて、ぼんやり鏡の奥を見つめていた私ははっと自分を見つめた。
ヴィクトリアさんは彼女みたいにハーフアップで半分だけ上でまとめてくれた。
「いいですね! 素敵ですね! ありがとうございます!」
私は思わず席から立ち上がった。ちょっとこれ、大人っぽくないですか!
うっかりまとめるところを見てなかったです。すごい、器用ですね!
自分で再現できるでしょうか……。
はしゃいだそのとき、ぐーっとお腹が鳴った。
「そうそう、アイザックとあなたたちの夕食の準備をお手伝いできるかしらと思って、調理場へ行こうとしていたんだわ」
ヴィクトリアさんが思い出したように、手を叩いた。
「――夕食、作ってくれてるんですか……!」
「ジェフさんっていう、とっても料理上手な方が作ってくださってるわ」
ヴィクトリアさんはにっこり笑う。
「私も手伝いに行きます!」
お手伝いして、早く食べられるならその方がいいですね。
もうお腹ぺこぺこですもん。




