第178話(ステファン視点)
僕らは客間のソファに腰掛けて向かい合った。
「――ステファン、あなた、今までどこで何をやっていたの」
「海向こうでライガと冒険者をしていたよ。――数月前からは、レイラも一緒に」
僕はマルコフ王国で暮らしていたところ、レイラに会ったことと、彼女の父親らしきエルフに会いに行くため、父さんにエルフとの仲介を頼もうと実家に帰ってきたこと、魔法都市でエドラヒルさんに会って彼に同行してもらうことになった経緯をまとめて話した。
「鬼が出て大変な時に、急に戻ってきてごめん。知らなかったんだ」
母さんは大きく息を吐くと、お茶を一口飲んで呟いた。
「そう――経緯は、わかったわ。――元気でやっていたなら、それでいいのよ」
「それで」と話を切り出した。母さんに確認しておきたいことがある。
「母さん――父さんは、昔鬼討伐をした時に――鬼を、なぶって殺したり、していなかった?」
母さんが息を呑んだ。
「――首を落とさず、生かした状態で、手足を切り落とし、他の小鬼の叫び声を聞かせ、目の前で卵を焼き払う――、小鬼の呪いを受けた冒険者はそういうことをしていたようだけど。父さんも――」
「兄上!」
アイザックが僕に掴みかかった。
「父上を貶める気ですか!!」
「止めなさい、アイザック」
それを、母さんの声が制止する。
「――――今まで、この話を、あなたたちに詳しく話したことはなかったけれど」
母さんは重々しく言葉をつなげた。
「お父様は――、あの人の前の奥様と子どもたちが、鬼に殺されてしまったというのは、知っているわよね」
僕たちは頷いた。父さんには母さんと結婚する前に家族がいて、30年前の鬼の侵攻の際に死んでしまったということは知っていた。
「お父様は、もともと辺境警備の兵士をしてらして、奥様と子どもたちを当時の辺境領に置いて、警備兵として家を離れていたそうよ……。そして、その間に領地を襲われて、みんな鬼に喰われてしまったの……。私も、あまり詳しくは、聞いていないのだけど」
母さんは膝の上でぎゅっと手を組んで、それをじっと見つめた。
「だから、とても鬼を憎んでいて――、領地奪還のために兵を率いて、鬼を退治した時は、捕まえた鬼を――」
母さんは視線を落とした。
「そうね、ステファン。あなたの言うようなこともあったと聞くわ。――当時、お父様と一緒に戦った方は、『レオンの方こそ鬼みたいだった』と言っていたの」
「それが、何の関係があるんですか、兄上」
アイザックが険しい顔で、僕につっかかった。思わずため息を吐く。
――こいつにとっては、父さんは尊敬して憧れる対象なんだろうな、きっと。
不真面目な兄に比べて、お前は何てよくできた息子だ、と折に触れ褒められて、自慢にされていたんだから。お前の方が先に生まれていてば良かったのにって。
「小鬼退治は、冒険者にとってはよくある仕事だけど……、暗黙の退治方法っていうのがあって、それは、あいつらを殺すときはできるだけ楽に殺してやるってことなんだ」
小鬼はたぶん、一番人に嫌われている魔物だ。他の魔物よりも頭が働き、群れで積極的に村里に降りてきて人を襲撃するうえに、見た目も二足歩行で5本の指を持っていて人間に近いせいか、余計に人に嫌われる。動物系の魔物は「飼ってみた」とかいう物好きな愛好家を聞いたことはあるけど、小鬼を好む人間は見たことがない。
魔物は動植物の精霊力のバランスが崩れて生まれるけど、小鬼は人の悪意や恐怖心が精霊に影響を与えたことで生まれる、と最近の魔法使いの研究で考えられているらしい。実際、戦争や紛争があった地域では、それ以後小鬼が発生しやすいという研究結果もあるそうだ。その話で興味を持って調べてみたら、30年前に当時のうちの領地を鬼が襲った時は、辺境民の間で大きい争いがあったらしいし。
「あいつらはもともと、人間に対する恨みの塊みたいな魔物だから、いたぶって殺すと、残ったその恨みの念で余計にそのあと数が増えるって話もある。ましてや、取り逃がしたとしたら、激しい恨みを持ったコピーが大量に増えて、襲ってくる。……性質が悪いんだよね。父さんが倒れたのは、たぶん父さんに恨みを持つ鬼がたくさん増えたからだ。鬼には魔力がある。魔力を持つやつが大量にいて、同じ相手を恨んだら、それは呪いとして作用する」
小鬼を乱暴に殺して恨みを買った冒険者は腕を腐らせた。
「昔、父さんを恨んだまま逃げた個体が、辺境民を食べながらゆっくり数を増やして――、機会をうかがってたんだろう。父さんのいるこの土地をまた襲う機会を。それで、襲うなら今だって、辺境民の集落を襲って大喰らいして、体制を強化してる」
最近になって一気に数を増やしたせいで、恨みの呪いの力が強くなって父さんに影響を与えたのかもしれない。――まぁ、父さんも年をとって、魔力も衰えただろうから、影響を受けやすくなってたっていうのはあるかもしれないけど。
「――数十年かけて? そんなことがあるかしら?」
「僕を襲った鬼は言葉を話してたよ。言葉を話すくらいに変化すると、かなり賢くなるんじゃないかな」
じっくり時間をかけて、かつて虐殺された恨みを晴らすために鬼が着々と準備してたと考えると気持ち悪いけど。
「確かに、鬼たちは巣を移動させながら、南へ――こっちに近づいてきては、いる」
アイザックは考え深げに呟いてから、僕を見た。
「今は、ここから馬で3日くらいの距離に巣を作っている。使い魔を使える者に監視させています。それ以上近づいてくれば、直接行って叩こうかと思っていたんですが」
「――巣、そんなに遠いのか? だって、昨日、すごい近くにいたじゃねぇか」
ライガは首を傾げながら聞いた。その問いはもっともだ。国境付近、屋敷から1日程度の距離にまで近づいてきてた。巣はもっと遠くにあるのに。
「昨日、辺境民のテントを襲ったのは、下見に来てた連中だと思うんだ。――僕にたぶん、父さんの気配を感じて、気が立って襲ってきただけで、本来の目的は、領地を襲うための下見で……」
僕は弟を見つめた。たぶん、状況は思ってたより逼迫している。
「遠くにある巣は、こちらを誘う罠じゃないかな。辺境騎士団がそっちを叩きに行って、こちらの兵力が手薄になっているときを狙って、一気に襲うつもりだよ、たぶん」




